※「月見ヶ丘」最終章です。以前のものはこちら→ 1 2 3
4. <月も むこう向いていて>
月光は相変わらず降り注いでいて,ススキ野原は明るく波打っている。シモンは幼い子のような熱心さで,飽かず上空の月を眺めていた。
あまり集中している姿が,ほほえましさを誘って,悪戯心を起こす。カミナはこっそり何かを取り出した。
「・・・ぅひゃっ!?」
頬に熱い物を押し当てられて,文字通りシモンは飛び上がる。頓狂な声を聞いて,今度はカミナも声を上げて笑った。
「ほれ,ちっと冷めちまったけどな」
俺のおごりだ,と手渡されたのは,缶コーヒーだ。いつの間に買っていたのだろう。あるいはシモンを呼び出す前にもう購入していたのかもしれない。驚きを覚まして受け取る,少し冷えてきた指先に,スチールの缶は熱い。パーカーの袖を少し伸ばして,シモンは包み込むようにそれを持った。
立ちんぼも何だから,とカミナはそこらにあった切り株を指し示す。自分も手近の一つに腰を下ろして,手元の缶を開けた。ミルクコーヒー,と書いてある白いそれを見て,シモンは彼がコーヒーが苦手だったことを思い出す。シモン自身の手にあるのは,無糖の黒い缶だ。そういえば,この銘柄が好きだと言うことを,何気なく話した事があった。
2.
「テツカン、入るぞ」
返事ともうなりともつかない声が聞こえたので、遠慮なくスチールのドアを押し開けた。
「うっ・・・」
ドアの先は、一種異様な雰囲気に包まれている。休日の昼だというのに、遮光カーテンを閉め切って薄暗い部屋の中。外から来た者には、一見して部屋の造作はわからない。ここの寮室はみな同じ作りのはずではあるが。
1.
これはまだ、9月のお話。
「あいつら、ぜってー怪しいと思う!」
いつもの3人、顔つきあわせた開口一番、キッドは声高に主張した。
昼下がり、5限目はただいま自習時間である。うららか、というには少々暑いが、着ているものさえ調節すれば過ごしやすい。
というわけで、それぞれ、腹から下のボタンしか留めていないゾーシィ、潔く(と言っていいのか)タンクトップのみのキッド、わずかに開襟シャツの第一ボタンだけを外したアイラック。各々が涼を取る対策を講じながら、与えられた時間をうだうだと過ごしていた、その最中。
「あいつらって誰だ」
「カミナとシモン」
「怪しいって何がだ?」
「そりゃあもう・・・」
右と左の人差し指を、×の形でちょんちょんちょん。
2.
つぶれた3人組を引きずって、比較的理性の残った4人は2階に上がる。
笑いの余韻の残るアイラックは、まだくすくすしながら、キッドの肩をしょって、階段からすぐの自室に消えた。ジョーガンとバリンボーはそれぞれカミナとゾーシィを抱えてくれている。この2人が残ってくれて本当に良かった。シモンではどちらも支えることができなかっただろう。
廊下を歩きながら、双子はドラ声を張り上げる。
「楽しかったな!」
「良く飲んだ!」
笑い声が寮中に響き渡った。胸が透くような声色。自分も心底から楽しかったから、そうですね、と相づちを打つ。
1.
「これでOKかな」
寮から少し離れた、小さなスーパーマーケット。シモンは一人で買い出しに来ていた。
夏休みと違い、冬休みは調理係のお爺さんも寮にいない。朝昼晩の食事は買ってくるか自炊するしかないのだ。もっとも、本来なら火気を扱う調理場は休みの間は使えない事になっている。シモンだけが、特別許可で使わせてもらっている。(毎日きちんと調理場を使っているという信用と、ニアの暗躍とがそこに働いているのだが)
はあ、と痺れる手に息をふきかけて、地面に置いたビニール袋をもう一度持ち上げる。中に入った大量のスチロールパックたちが擦れて悲鳴を上げた。ビニールは、肉肉肉のパックではち切れそう。買い置きが昨日一度に無くなってしまったので、こんなに補充するハメになってしまった。
点々と葉牡丹の植え込みが続く街路を、ほてほてと歩く。北風は今日も冷たい。ダッフルコートのボタンを首筋まで留めたくなった。せめて、と毛足の長いマフラーに口までうまってみる。
2. <いつもおいしいものを 君が作ってくれる>
四時限目の終了を告げるチャイムを受けて、高等部の教室が沸きたった。昼休みの始まりが喜ばしいのは、いくつになっても変わらない。がやがやと席を立つ音、弾ける笑い声。喧噪の中で目を覚ましたカミナは、机の脇にかかったカバンに手を突っ込んで、いそいそと中身を取り出した。
水筒はステンレス製で、魔法瓶ほどではないが保冷も保温もそこそこ優れている。そっけない銀色の筒の中には、自家製の熱い麦茶がたっぷり入っているのだ。
カミナは片手だけで器用に蓋をあけて、すぐさまそこに茶を注ぐ。右手は弁当の蓋にかかってすでに臨戦態勢だ。水筒からは温かい湯気と同時に香ばしい麦茶の香りがあふれ、何人かの生徒が振り返る。
ここ一月半、昼休みを告げるチャイムと共に始まる一連の動作に乱れはない。購買や思い思いの場所で昼食を取るために出て行く生徒の居る中、自分の席から一歩も動くことなく、満面の笑みでカミナは弁当箱の蓋を開けた。
2.
はっ、と顔を上げると、そこに居たのは。
・・・・サンタだった。
上下は赤くもこもこした上着とズボン、袖口や襟には白い毛皮があしらってある。髭も眉毛も白いけど、帽子の隙間からのぞく前髪は空の切れ端の色で。
「メリィィークリスマス!」
「へ、あ、・・・あにき?」
「おう、バレちまったらしかたねえ。サンタクロースとは仮の姿!しかしてその実体は!」
「いや、だからアニキでしょ?」
ばばん!と髭と眉をむしり取って見栄を切るのに、思わずシモンは突っ込む。
1.
外にたれ込める雲は白いけれど重い。
12月の学生寮は閑散として、自分が廊下を歩く音がやけに響く。
昨日から学園は冬期休暇。夏期休暇とちがい、殆どの学生が年末年始を挟むこともあって帰途につく。今朝方、ロシウやキタンたちを見送ったばかりだ。
シモンにとっては、この寮で二度目の冬。叔父の家に戻る気も起こらず、今年もここで年を過ごすことにしていた。同じように、帰るところの無いカミナと共に。
給湯室で温かい珈琲を淹れる。厚い雲で覆われた空からは鈍い光が拡散するばかりで、ひたひたと歩く廊下は寒い。手の中の熱さが消えてしまわないよう、大事に急いで進む。ドアノブの静電気にびくびくしながら、自室へ入る。まだ午後1時。
共用のちゃぶ台に珈琲をおいて一息。棚で区切られた部屋を見渡せば、どちらがシモン側でどちらがカミナ側かすぐわかる。大して物が置ける場所ではないのに、何かしら散らばっている机の上。乾燥機から取ってきたは良いが、ぐちゃっと積み上げてある洗濯物。必ずどこかはみ出る本棚。もちろん、そちらがカミナの占有地だ。
1.<憂鬱な月曜日も 今では好きになったよ。>
11月に入って、朝の気温もかなり涼しい。学ランもそれほど億劫でなくなってくる、男子学生には良い季節だ。
「アニキ、はいお弁当」
「おぅ、ありがとよ!」
身支度の終わった同室者に渡すのは、今日も自信のつくりたて。3つ年上の彼は------カミナは、真っ赤な布で包んだ弁当箱を受け取って、景気よく礼を返してくれる。
お弁当を作る仕事を始めて、一ヶ月半くらい。今のところ文句を言われたことは一度もない。まあアニキは好き嫌いがなさそうだから、と思いながらも毎日、返ってくるお弁当箱が空っぽになっているか、どきどきしながらシモンは開けている。目下全戦全勝!そのたびにガッツポーズをしてるなんて、恥ずかしくて言えないけれど。
弁当箱にまだ残る温もりを確かめるように撫でて。教科書は入っていたためしのない鞄に、カミナはこれだけは大事に入れてくれる。開けたとき中身が寄っているのは嫌だ、といつか言っていた。意外と神経質なんだよな、と内心面白く思ってしまう。
期間限定グレンラガンのカミシモ(シモン総受が信条)テキスト垂れ流しブログです。
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