「どろぼう兄弟 トナカイ祭」 １

１．

　テッペリンの都は，今夜，大変賑わっていました。
　それもそのはずです。今夜は年に一度のトナカイ祭。トナカイの獣人達が中心になって開かれる，冬の夜のお祭りの日なのです。トナカイ獣人たちの鼻が赤くなる，それが合図です。鼻が赤くなると不思議とトナカイの一族は陽気になり，走り回り，果ては空を飛ぼうとするなど奇行に走り出すのです。その騒ぎがやがて発展し，集まって一緒に騒ぐお祭りに発展したと言われていますが，真偽は誰にもわかりません。大昔の，彼らの先祖にあたる動物の遺伝子が何らかの影響を与えているのでは，というのが最近の研究の結果です。けれども本人達はそんなことはどうでも良かったのです。気持ちがウキウキするのは楽しいことでしたし，それに便乗して，他の種族の獣人たちも一緒に騒ぐようになったので，余計に面白かったのです。おかげで祭は年々歳々大きく華やかになっていました。
　この夜，獣人達は夜通し起きて，美味しいものを食べたり飲んだりするのです。贈り物の交換も行われます。この時贈られるものは，小さい飾り物であったり，甘いお菓子であったり，どちらかというと・・・そう，人間で言う，子供が好む意味のないオモチャのようなものほど良いとされていました。本当に，それが何故なのかは誰もわからなかったのですが。
　きらきらと光るランプが街のそこかしこに下がっていて，テッペリンの住民たちの顔を照らし出します。楽しい音楽が流れています。派手な色の服，特に赤をふんだんに使った衣装，つり下がる金や銀の鎖，ショーウィンドウにはこれでもかとお菓子やオモチャが並べられていました。

 

　喧噪にぎわう街へむけて，大きなガントラックが走っています。文字通り足で走るガントラックの荷台は，今日と明日のための，砂糖菓子やブリキのおもちゃ，人形，その他ありとあらゆるプレゼントの類が詰まってはち切れそうです。夜を徹して行われる祭りのために，郊外の工場から運ばれてきた荷物でした。気の良いキリンの運転手が，鼻歌交じりにハンドルを握っています。彼もまた，この仕事が終わったら，街の祭に加わるつもりでした。感度の悪いラジオから，この日特有の祭歌が聞こえてきます。がしょんがしょんという，ガントラックの三対の足のリズムに合わせて，キリン獣人は体を揺らしました。
　ふと，遠くに何か赤いものが見えて，キリンは首を窓から出します。ガントラックの進路に，何か動くものが見えます。と，それはへなへなと道路の上にうずくまってしまいました。目をこらしてよく見ると，どうもそれは，祭の中心であるトナカイの一族であるらしいのです。立派な角が生えています。トナカイ祭の伝統的な衣装である，毛のついた赤い帽子，赤い上下の服を着ています。遠くから気付いていなかったら，踏みつぶしてしまうところです。こんな時に役にたつ，自分の長い首に感謝して，キリンは静かにガントラックを止めました。
　テッペリンの都の周りは，濠のようにぐるりとえぐれています。とはいえ，それは水を湛えた濠ではありません。深くえぐれた底の底は，みっしりと小さな家々が肩を並べています。日差しの悪い，水はけの良くないその土地は，人間達の居住区でした。獣人よりも階級も程度も劣る人間たちは，都には住むことができません。ドーナツ状にえぐれた谷底でのみ，生活することを許されていました。それでも獣人と違って自ら子供を作ることのできる人間たちは，まるで蟻のように増え続け，今ではそこは一大スラム街と化しています。このキリン獣人は余り行ったことはありませんでしたが，汚い人間とその子供の多い，いかがわしい場所だと思っていました。
　とはいえ都に行くにも出るにも，その人間たちの住む谷を越えて行かなければなりません。そのためその谷を渡る為の高架道路が四方八方，蜘蛛の巣のように走っていました。ガントラックが止まったのは，そんな高架の一つ。道の真ん中でうずくまったトナカイ獣人は身動き一つしません。警笛をならし，自慢の首を伸ばして声をかけてみましたが，反応はありません。よくよく見ると，そのトナカイは立派な髭を生やしています。どうやら相当高齢のようです。

　弱ったな。爺さん，祭に浮かれて飲み過ぎたのかな。

　キリンは舌打ちしました。早くこの荷物を届けてしまいたいのですが，道で倒れた人を放っておくわけにもいきません。死んでいるとしても問題です。キリンは首を車内へしまうと，渋々エンジンを止めて車から出て行きました。

　「おい，爺さん，どうした。起きろ」

　頬をぺしぺし叩きます。幸いそのトナカイのお爺さんは息があるようです。助け起こすと，何かふがふがと訳の分からないことを呟いています。やはり，お酒を飲み過ぎたのでしょうか。祭の日のトナカイ族の常で，鼻は熟れた林檎のように真っ赤になっています。口元も目元も，真っ白に垂れ下がった髭と眉毛ですっかり隠れてしまって，顔も良くわかりませんでした。
　キリンに起こされたお爺さんは，赤い帽子を手で支えながら，やっとこさ立ち上がります。けれども，今度はふらふらと街の方へ歩きだしたり，また戻ったり，足下もおぼつきません。いっこう道路からどいてくれる気配もなく，キリンはすっかり困ってしまいました。

　そこへ。
　
　「すみません！」

　つと，もう一つの影が現れました。どこから来たのかは，良くわかりません。ただ声がしたので驚いてキリンが顔を上げると，そこには若いメスのトナカイ獣人が立っていました。つぶらな瞳，小さな角，小さな耳，お約束の赤い帽子に赤い服。ただしそれはメス仕様で，とても短い丈のワンピースになっています。ふわふわした毛をアクセントにつけたワンピースを黒いベルトできゅっと引き締め，カモシカ，もとい，トナカイの細い脚が太股の半分くらいまで丸見えです。その脚をさらに細く見せるのか，スカートすれすれまでの長さの黒い靴下が脚を覆っています。

　「うちの一族のものがご迷惑かけまして・・・」

　またうずくまったお爺さんを労るようにさすりながら，小さな声で謝るトナカイ娘。片膝立ち，上目遣いでキリンを見上げます。ちらちらと白い太股が見え隠れして，キリン獣人の喉が鳴りました。すぐに連れて行きますから，と可憐に頭を下げる娘に，良いの良いの！とただでも長いキリンの鼻がさらに伸びます。恐縮しながら娘はお爺さんを抱え（娘の顔がわかったのか，彼は大人しく立ち上がります。立ち上がる隙にお爺さんはさりげなく娘の太股の辺りをなで上げたので，キリンは『スケベジジイ・・・』と歯ぎしりしました）道路の脇に寄りました。
　陽気なキリンは運転席に戻って窓を開け，目尻を下げて手を振ります。可愛いトナカイ娘も，短いスカートを手で押さえながら，手を振りかえしました。

　良いもの見たな，それにしてもあの子の脚はあんまり毛が生えてなかったなあ，あれ？

　ぼんやりとそんなことを考えながら，エンジンを入れました。ガントラックの足が助走のように足踏みを始めます。

　その，途端。

　「うあああ？！」

　キリンには何が起こったのかわかりませんでした。突然運転席がぐんと上がって，体が座席に横倒しになったのです。乗っている彼には良く見えませんでしたが，トラックの三対の足のうち，一番後ろの一対が突然陥没した道路にはまったのです。ガントラックは斜めにつき立ち，運転席のある前部がほぼ垂直に立ってしまっていたのでした。
　満杯の荷台の扉が，耐えきれず道路に向けてがばりと開きます。こぼれ落ちる色とりどりのオモチャやお菓子たち。道にこぼれて広がると思われたそれらの荷は，待ってましたとばかりに地面に広げられていた，白い大きな袋に吸い込まれていきます。

　「おし！よくやったシモン！ずらかるぞ」
　「うん，アニキ！」

　弾けるように声がして，道の脇からさきほどのトナカイの２人が飛び出します。いいえ，それはトナカイ獣人ではありませんでした。角や耳を投げ捨て，髭をむしりとって現れたのは，若い人間の顔です。水色の髪をなびかせて走るカミナ。後を追うのは，ワンピースが少し走りづらい弟分のシモン。人間の街に住む，しがない泥棒兄弟です。
　２人は荷物でいっぱいになった袋を担ぎ上げると，一目散に駆け出し，スラムのある谷底へ逃げていきました。

　「も，もう大丈夫かな，アニキ」
　「おう，あの調子じゃ，俺らがどこに行ったかもわかんねーだろうよ！」

　走りに走って，２人は路地裏に駆け込んでいました。重い袋を降ろして一息。夜の路地はガス灯も届かず真っ暗です。シモンが，自前のゴーグルについたライトで照らすと，袋の中のお菓子やオモチャの包み紙がきらきらと輝きます。まるでたくさんの宝石を盗ってきたようで，シモンの顔がほころびました。これから，この獲物を使って，もっともっと楽しいことをするのです。シモンたちは，盗ってきたものを，誰からとも知らぬ贈り物として，スラム中にばらまいて歩くつもりなのでした。