2.
つぶれた3人組を引きずって、比較的理性の残った4人は2階に上がる。
笑いの余韻の残るアイラックは、まだくすくすしながら、キッドの肩をしょって、階段からすぐの自室に消えた。ジョーガンとバリンボーはそれぞれカミナとゾーシィを抱えてくれている。この2人が残ってくれて本当に良かった。シモンではどちらも支えることができなかっただろう。
廊下を歩きながら、双子はドラ声を張り上げる。
「楽しかったな!」
「良く飲んだ!」
笑い声が寮中に響き渡った。胸が透くような声色。自分も心底から楽しかったから、そうですね、と相づちを打つ。
シモン達の部屋は、中等部寮への渡り廊下の入口にある。階段から遠いその道すがら、ぽつりと降ってきた、声。
「・・・シモン、悪かったな」
「悪かったな」
「え?」
急にトーンが低くなったので驚いた。見ると双子が申し訳なさそうにこちらを覗き込んでいる。
「突然騒がせちまったしな」
「驚かしただろう?」
背中の酔っぱらいを同時にぐいと揺すり上げて言葉をつぐ。
「俺たちが馬鹿やれるのもあと少しだからな」
「つい、ここに集まっちまってよ」
彼らもカミナと同じ。高校も最終学年だ。冬休みが明ければ間もなく卒業である。その事を言っているんだ、と気がついた。
「寂しくないって言ったら嘘になる」
「お前もそうだし、他の連中ともなかなか会えなくなる」
「みんな何となく名残惜しいんだな」
「だから大目に見てやってくれ」
双子らしくない、しおらしい言い方で。とつとつと。
「大目になんてそんな・・・オレ、今日すごく楽しかったです!」
振り仰いで、シモンは必死にさえぎった。
それは偽りのない言葉。右も左もわからずに、転入して一年余り。事情はともかく、高等部寮では異質なはずの自分。3年も下の中学生を、てらいなく受け入れてくれた。
毎日何かしら騒動があって、飽きなくて。引っ込み思案の自分を巻き込んでくれて。先輩達と過ごした日々はあんまり楽しくて、この先いつまでも続いて欲しいと、願うまでになっていたのだ。
「オレだって、先輩達が居なくなるの、寂しいんです・・・」
おかしい、ですよね。子供ですよね。オレ。
先輩は先輩で、他人で、家族ではないのに。すっかり、居心地の良い時間に依存している。別格のカミナとはまた違って、この人達に囲まれた一年が宝物のように愛おしい。
「おかしくなんてないぞ、シモン」
「うれしいぞ、シモン」
うつむきがちなシモンの肩をたたいて、双子が同時ににかっと歯を見せる。目の前に大きな手がそれぞれ差し出された。握手、の仕草をされたので。シモンはおずおずと2本の手を握る。うんうん、と双子が大きく頷く。温かい、大きな手だ。
「・・・冬休み中でも、暇だったら、また遊びに来て下さい!」
おう!おう!と2人は拳を振り上げて応えたものだから。背中の酔っぱらいがずどんと派手に落下した。痛ええとわめく酔っぱらい組を慌てて担ぎ直すと。ありがとうな、と照れくさそうに言って、足音二つ、のしのし歩いていった。
きん、と冷えた窓の向こう、夜空は真っ暗だ。街灯の曖昧な光が照り返して、窓の下のほうだけほんの少し明るい。
シモンはカミナ側の机に座って、ぼんやりとそれを見ていた。おしるし程度に飲んだはずのアルコールで、却って目が冴えてしまって寝付けない。
デスクライトの明かりがわずかに届くベッドには、さきほど双子に放り投げられたカミナが身体を伸ばしている。深酒のせいか眠りが浅いらしい。時折上がるうなり声。今頃、離れた先輩達の部屋からも、同様なうなりやいびきが響いていることだろう。そう思うとおかしくて、シモンはひとり微笑んでいた。
突然ばさり、と掛け布団が落ちる音がしたので振り返る。カミナの足が、ベッドからはみ出している。アルコール過多の上、寝冷えでもしたら大風邪を引くだろう。緩慢に立って、しょうがないなとつぶやきながら布団をかけ直しに行く。何だか母親みたい。
首もとまでしっかりと布団に埋めてやりながら。つい側に座ってじっと眺めてしまう。大好きな横顔。形の良い顎。意外に長い下睫毛。でも今は、眉をひそめて、うなされている表情なので。なだめるような手つきで、シモンは優しく布団をぽんぽんとたたく。ほとんど無意識に。愛しい、気持ちがあふれる。
2人で過ごす、特別な夜にはならなかったけれど。
グレン団なんて名前をつけて、集まるみんなの中心で、楽しそうに笑うカミナ。同じ輪に、自分も入れてもらえていること。純粋に、今日はそれが幸せで。高等部の先輩達と仲良くなれたのも、思えばカミナが始まり。
ありがとう、なんて、言ったら変かな。変だな。
もぞ、とカミナが身動いで、何か呟いている。寝言、かな。何となく耳を近づける。
「・・モ・・ン・・シモ・・―ン・・」
名前を、呼ばれている?聞き取ろうとして、口元にぐっと顔を近づけた、とたん。
ぐいと引き寄せられて腕の中。驚く暇さえ与えてくれない。酔いのせいなのか眠いせいなのか、熱い熱い腕ががっちりとシモンを捕まえている。もがきながら顔を上げれば、いつもより余計に赤い眼。とろんとした目に視線も捕まる。
「あ、アニキ、起きたの?」
「ん~?俺を誰だと思ってやがる~」
「・・・寝ぼけてるの?」
答えずにカミナは思い切りシモンを抱きしめる。なんだか自分がぬいぐるみになったような気がする。それぐらい、その腕は無心に求める動きだったから。おとなしく、そこに収まっていたい気持ちもして、もがくのはやめた。室内灯はついてないから、こんなに近いのに、輪郭のぼやけるカミナの顔。
「シモン~」
「な、何?」
「シモンシモンシモンシモーン!」
「わ、ちょっと・・・んっ」
柔らかさを確かめるように、カミナはぐいぐいとシモンに頬ずりをして、そのまま深く唇を奪う。呼気に混じるアルコールの濃さに、くらくら目眩がした。押し入ってくる舌が火傷しそうに熱くて。
「んん・・っ・・・んアニキ、息できなっ」
「シモーン・・・今日はぁ・・・」
「なにっ?」
「するぞ」
するぞって、するぞって?え?
気がつけばシモンはベッドに仰向けで。真正面にカミナの顔。唇を離して呆然としている隙に、体勢が変わっていた。
「ちょっと、アニキ、待って」
「俺が今日、何のためにバイト減らしたと思ってんだ・・・!」
「えと、そんな泣きそうな顔で言われても・・」
「それなのに何でお前はあいつらと楽しそうにしてんだよ!」
ぐっと睨みつけられて、唖然とする。ええともしかして、これは、妬いて、くれてるの?
文字通り目を丸くして、見つめられて。さすがに自分の言ったことが恥ずかしかったらしい、カミナは舌打ちすると、ぐわっとシモンに覆い被さる。
「だって、でも、アニキも今日は楽しそうだったじゃないか・・」
「・・・・・・楽しかったよ」
そうなんだけどよ。布団に吸い込まれそうな声でカミナはつぶやく。
わかってても納得いかねーんだ。俺は今日はお前と2人で過ごすつもりだったんだしよ。あいつらとつるむのは面白ぇし、お前が楽しいのもわかる。
でも。
「何だかわかんねーけど、納得いかねーんだよ!俺の時間を返せ!俺がシモンといちゃつくはずだった時間を返せええええ」
「いや、むちゃくちゃだよアニキ・・・」
つまるところが、これは明らかに酔っぱらい。カミナはいま間違いなく脊髄で喋っている、とシモンは理解した。いつもの事のような気もしたけれど。
「無茶で結構!無茶で無謀と笑われようと貫き通すぜ俺の道!」
何はともあれ、いきなり立ち上がって人の真上で見栄を切るのは止めて欲しいかな。あと夜中に大声出すのも。
さすがに心でつっこんでしまうシモンを見下ろして、カミナはむう、という顔をする。と思ったら勢いよく抱きつかれたものだから、ひあ、と変な声が出た。ぎしり、とベッドがたわむ。
「無茶で、嫌かもしんねーけど。・・・俺は本気だからな」
ぞくり、と、した。耳元で囁く低い声。触れる息までも熱くて、シモンの身体が跳ねる。投げ出していた手を探られて、握り込まれた。強い、強い力。
「良いか?シモン・・・」
断れるはずも、断るつもりも、実際シモンにはなくて。握られていない方の手をカミナの背に回して、カミナにだけ分かる程度に、小さく・・・頷いた。
はあ、と吐いた白い息が、顔の周りを覆ってすぐに空気へ溶ける。寮までの一本道。だるい腕を励ますように、ぐい、と買い物袋を揺すりなおす。
昨晩の事を思い出すと、一人苦笑せざるを得ない。
熱い身体を押し当てられて、むちゃくちゃを言いながら自分に覆い被さってきたカミナ。アルコールにも流されていたし、嫉妬のような言葉にも正直うれしさを感じてしまって。肩口へ落ちてきた唇に、もう何もかも委ねよう、と思った。のに。
あろうことか。
そのままカミナは、寝た。
いつまでたっても動こうとしないから、嫌な予感はしたのだ。必死で首を下にむけて様子をうかがうと、それはそれは気持ちよさそうに眠っているのがわかり。拍子抜け。脱力。何だかもう笑うしかない。
とにかく、全体重を乗せられていて、カミナの下から這い出すのは苦労した。肩にはもうよだれが垂れてきていたし。何とか脱出して、寝る体勢を整えてやって。最後に空色の髪をちょっとだけ撫でた。本当にもう。飲み過ぎなんだよ。疲れてるのにアルコールなんか入れたら、寝ちゃうに決まってるんだから。
満ち足りているような寝顔。それに重なって、2人で過ごしたかったとか、そんな台詞が蘇ってきて一瞬顔が火照る。そう思ってくれていた事が、何よりシモンにとって嬉しかった。自分だってやっぱり同じなのだ。2人でいる時間が、何より好き。だから。今日はその言葉を聞けただけで、満足、かな。すい、とカミナの乱れた前髪を梳いて、額に口づける。離した唇からおやすみなさい、という言葉が甘くこぼれ落ちた。
坂道の向こうは雲雲雲。でもそこを過ぎれば、寮に着く。あと一踏ん張り、と励ましながらシモンは一歩一歩を進めていく。上空に響く風鳴りの音が、天候の急変を知らせている。
あ。
白いものがはらりと落ちてきて。瞬く間に大きくなる。昨日食堂に舞い散った紙吹雪のよう。ひらひら、額につけば冷たい。
雪、だ。この冬最初の雪。昨晩からの冷え込みが、とうとう結晶したらしい。
先輩達は、もう起きたかな。たぶんまだだ。少なくとも、自分が部屋を出るときは、どの部屋も静かだった。もちろんカミナも。
帰ったら、すぐに温かいものを作ろう。お腹にやさしいものがいい。頭の中で材料をまとめあげる。足早になる。寒いから?それもあるけれど。
みんなと一緒に、初雪を見たい、そんな気がして。
ビニール袋の食い込む手の平は赤く、冷たい。息の白さは増して、蒸気のようだ。でも。一番に雪を見せたい人の事を考えながら歩くシモンには手の痛さも気にならない。ひゅうと鳴り続く風の音さえ、背中を押してくれている気がしていた。
ちらちらと、雪は止まない。
期間限定グレンラガンのカミシモ(シモン総受が信条)テキスト垂れ流しブログです。
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