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Posted by ふじみき - 2008.03.10,Mon



5.同日,夜,科学局大廊下



 反響を押さえた作りの廊下を,鼻歌交じりで歩いてくる者が居る。
 くねくねした手足を持てあましてか,無駄に動きの大きい足取り,そのくせ動きに反して大した速度は出ていない。踊るような絡まるようなステップで行く人物の歩みがふと止まる。

「お!姐さん」
「元気そうだね,アーテン」

 よ,と気さくに手をあげて立っていたのは,かつては愛用していた白衣を,作業用エプロンに変えたレイテだった。今は夫のマッケンと共に,シティで解体修理工場を営んでいる。先日子供を産んだばかりだったはずだ。

「どしたんすか~,こんなとこに」
「ああ,ロンから頼まれものがあってね,さっき届けてきた」 

 リーロンにとっても良き同僚であった彼女は,今でも時々私的に仕事を請け負っていたりする。
 たまに足を伸ばすのも悪くないわね,と,トレードマークの煙草をさも美味そうに深く吸い込んだ。家ではさすがに禁煙しているのである。
 その煙を吐き出しざま,片手を腰にしたレイテは,相変わらず落ち着きのないアーテンボローの顔を急に覗き込んだ。

「・・・あんたさ,コアチッチを名乗るんだって?」

 眇めた目と目が合う。
 立ち止まるということができないはずのアーテンボローの動きが,一瞬止まった。愛嬌ばかりと思っていた大きな丸眼鏡が,天井灯を反射して視線を遮り,彼が何を考えているのかわからなくする。

「ロンさんから聞きましたか~・・・まあね,そろそろ良いと思ったんすよ」
「シモンとロシウの政策が受け入れられそうだからかい?」
「獣人と人間が,同じ屋根の下で寝起きできる世の中になりそうっすからね」

 どこか吸盤を思わせる唇がにやりと笑って,わざとらしく彼は指を顎にあてる。

「『できそこない』の俺らも,もう気にしないで生きていいんじゃねっかなー,と」

 それに,とアーテンはゴムの様な手足をぐいと伸ばす。

「とりあえず政府メンバーの名前って公表すんでしょ?生きてる仲間がいれば,コアチッチの名前ですぐわかるじゃないっすか~」
「『同朋を探索す者,我らが誓いの名を述べよ。そはコアチッチなり』,か・・・良く覚えてたね」
「忘れるはずないっすよ。村が消えちまっても,必ずどっかに同じ血の奴らが居るからって,忘れるなって散々」

 同じ血,同じからだ。人間であって,人間でない者たち。

 テッペリン近くの亜人の村が襲撃されたとき,すでに伝令は走っていた。
 亜人たちはやはり頭が良かった。放射状に点々と配置されていた亜人間の村々は,それぞれ独立運営されているように見えて,その実横の連携をずっととっていたのだ。
 彼
らは自分たちがどっちつかずの存在だと良く知っていた。獣人でもなく,人間でもない。どちらからも,歓迎される種でないことを。
 獣人達はあからさまに彼らを蔑んでいたし,かといってその獣人に仕えている彼らを,人間が良く思うはずがなかった(出会ったことはほとんどなかったが)。
 例え離れて暮らしていても,お互いほんの一握りの同朋として,頼りにしあうしかないことをずっと前から知っていた。

 そうして,最初の村からの報を受けた亜人たちは,夜に紛れて村を捨てた。
 幸い,ほとんどの者は人間と外見上全く変わりない。難民に身をやつした彼らは,いつかある再会を約して,ちりぢりに別れていった。

 だが地上は荒れ地だ。必ず生きて相まみえる保証など,どこにもなかった。

 運の良い者だけが,地下の村に拾われた。地上から来たというだけで獣人扱いされ,殺された者も居ると聞く。
 生き残った者がどれだけ居るのか,彼らに確かめる術はなかった。地下の村同士は,よっぽどのことがないかぎり連絡を取ることなどない。むしろ隣同士でもお互いの存在を知らない事もしばしばであった。
 それでもいつか,どこかで,同朋と会う事があるかもしれない。その時の為に,彼らはコアチッチの名を密かに胸にしまっていた。その言葉は,本来は地上に村があったころ,伝令達が使っていた合い言葉だったのだが。

「コアチッチ,っていうのは古い言葉で,『どこにでも』とか『あらゆる場所』っていう意味らしいよ」

 ぽつりと呟くレイテに,へー,じゃあやっぱり俺らにぴったりの名前じゃないっすか!とアーテンボローは手をすりあわせて満面の笑みを浮かべる。
 あまりに屈託のないその顔に,三角眼鏡の奥が,柄になく弱く揺らいだ。

「・・・あんたは強いね」
「へ?」
「あたしはさっさとそんな過去捨てちまったから」

 ぼんやりと煙草がくゆる。

 拾われた村は,レジスタンス活動の盛んなところだった。難民と名乗った彼女たちを,義憤から救ってくれた親切な人達。
 しかし,その強い怒り故に,彼女たちはその村で素性を明かすことはけしてなかった。獣人打倒を掲げる村で,彼らの補給基地にいた亜人だなどと説明したら,一体どうなったことだろう。
 メカに強い彼女たちの腕は,レジスタンス達に重宝された。より信頼を得た彼女たちは,難なく村にとけ込み,なくてはならない人材として扱われるようになっていった。
 ただ一点の秘密を残したまま。

「そうかなぁ。姐さんだって,マッケンと結婚してなきゃいずれコアチッチを名乗ったでしょう~」
「買いかぶりすぎだよ。結婚したらこれからは相手方の村の名前を名乗るんだっていうから,これ幸いと乗っかったんだ」

 逃げたかったんだ。名前のない村から。
 故郷の事を一切話さない自分たちを,村人達は却って温かく見守ってくれた。よほど辛い思いをしたのだろう,と労ってくれた。
 昔を思い出す度に,自分がその優しさを裏切っているようで胸が痛んだ。だから余計に,レジスタンス活動に精を出したのかもしれない。
 もちろん,村を焼いた螺旋王は憎かったのだけれど。

「買いかぶりは姐さんの方っすよ~」

 想いに沈むレイテの周りをぐるりと一回転して,アーテンボローはにひひと笑って見せた。

「俺は,みんなに自慢したいだけなんすよね,俺の仲間に。俺たち焼かれて追い出されたけど,やっつけちゃったぞ~って」

 コアチッチを名乗るヤツがグレン団にいる,って,そういうことじゃないっすか。そりゃ,俺一人の力でやっつけたわけじゃないですけど。アーテンボローは
へへ~ん,と得意げに鼻の下を擦る仕草をする。

「でもって,上を向いて歩け諸君~!って言いたいんだなあ。
別にみんながみんなコアチッチを名乗れ,ってな話じゃないんす。ただ,同朋が実はグレン団に居て,螺旋王倒しちゃった,人間も解放しちゃった,ってわかれば,みんなひそかに胸張って歩けるかなって」

 も~ちろん,俺はみんなの中で英雄になるわけですし!
 そういってどーんと胸をたたいて,たたきすぎて,アーテンボローは咳き込んだから,レイテもふっと吹きだした。

「そうだね。確かにあんたは英雄だ」

 ダイグレン随一の名砲手だものね,と半ばからかい気味の言葉を,「めい」の字が違うんじゃないっすか?とアーテンボローは自ら混ぜっ返す。

「名砲手でも,迷砲手でもいいさ。・・・ありがとう,あんたのおかげであたしも吹っ切れた」

 突然礼を言われ,彼はにょ?という声にならない声で驚きを表す。猿のようなポーズをとって見上げてくる姿を笑うこともなく,レイテは驚く程優しい瞳をしていた。

「獣人和合も進んでるんだから,いい頃合いだって自分でもわかってたんだ。そのくせ何だかんだ理屈をつけて躊躇してた。情けないね。
・・・でもそれも終いだ。お父ちゃんにちゃんと話そうと思う」

 名前のない村のこと。見捨てられた亜人達のこと。自分の持つ血のことを。
 これから育つ子供の為にも。
 ニコニコしながら頷くアーテンボローは,しかしわざとちょっと悪い顔をしながらレイテをつっつく。

「でも大丈夫っすかね~あの真面目なマッケンじゃあ,ひっくりかえっちまうんじゃないですか?」
「んー・・・変な話だけど,あの人なら全然驚かないで聞いてくれるような気もするんだ」
「・・・そりゃノロケですか姐さん」
「さあね」

 含み笑いでさらりとかわしたレイテに,熱い熱いと大げさに囃し立てる声が廊下に響く。ドーム上の天井に反響した声が遠くへ運ばれるのを遠くに聞きながら,アーテンはまたくるりと回った。全くこの男は一秒たりとじっとしていられないのだ。

「俺もロンさんにはちゃんと話しとこう~あの人ならそれこそ何聞いても驚かねえでしょう」
「そりゃノロケかい?アーテン」
「冗談でも勘弁して下さいよ姐さん!」

 一瞬にして青ざめる顔色,目の玉飛び出んばかりの形相。顔筋ですらいつも動かさずにはいられないのかと思いつつ,レイテはからからと笑う。

「仲良くやんな。・・・あたしの分も,ロンにはよろしく言っといて」
「了解っす。マッケンにもよろしく言っといてください。つーか,その内子供の顔見に行きますよ!」
「ああ,いつでもおいで。楽しみにしてるよ」

 科学局みんなで押しかけますから~!とアーテンボローは意味もなく親指を立てる。それに合わせてレイテもまたぐっと親指を立てて,拳を付き合わせた。
 そのまま,うなずき合うと同時にエプロンがひらりと翻る。そうして,ひらひら手を振りながら,颯爽とした後ろ姿は出口方面へと消えていった。
 頭の後ろで手を組みながらそれをじっと見送って---消えてしまうまで見送ると,くねくねとした影はまた鼻歌と共に歩き出した。先ほどよりもっと機嫌の良いそのメロディは,残響も残さず天井に吸い込まれた。




 カミナシティ統括の戸籍に,人間,獣人と並んで半獣人という種別ができるのは,もう少し後のことになる。


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