1.
「ロシウ!」
食堂に入ったところで、呼び止められた。
「あ、ニアさん」
「ごきげんよう、ロシウ」
にっこりと笑って挨拶される。いっそ吸い込まれそうな、きらきらした瞳は変わらない。
エプロンを締めてはいるが、調理場の方は最近ご無沙汰だ。(シモンをのぞく古参団員全員が、そのことについて神に感謝している)彼女の今の主な仕事は、集まってくる難民達の世話だ。受け入れの村が決まるまで、彼らを路頭に迷わせておくわけにはいかない。一時的な避難所として、ダイグレンの周辺にはキャンプが張ってある。配給や傷病人の治療、最小限の事ができるテントもある。
「ギミーとダリーはお役に立てていますか」
「はい、とても助かっています。特に子供達のお世話は、二人とも私よりずっと上手ですもの」
「それは良かった」
きっとそうだろう、とロシウは思う。難民の中には、ギミーやダリーのように二親のない子供達がたくさんいる。この2,3年ですっかり頼もしい少年少女に育った二人は、同じ境遇の子供達に惜しみない優しさを向けていた。だからこそ、二人をニアのサポートとして付けたのだ。
「ねえロシウ、聞きたいことがあるのです」
「はい?」
口調が丁寧なのはいつものことだが、いつになく真剣な表情のニアに少々驚く。初めて会った頃は、いやというほど「聞きたいことがあります」と言われたものだが。さしあたり手近のテーブルについて彼女と向かい合う。そういえば昔からの団員とゆっくり話すのも久しぶりのような気がした。
「シモンは変わりましたね?」
唐突に何を言い出すのだろう。久しぶりにニアの言葉で疑問符が頭に踊りだす。
確かにシモンは変わった。以前よりもずっと自信に満ちた言葉を発するようになった。弊害で、気持ち、尊大な言い方をする事もあったが、むしろ立場と相まって却って自然に聞こえた。下の者への気配り、戦闘時の威武高揚の言葉、集まってくる民への労り。自分が初めて出会ったときの彼が、もう遠いことのように思える。彼の言動は、正しくリーダーとして理想的な、本当に理想的なものになっていた。
それは喜ばしいことではないのだろうか。ニアの表情を見るに、どうもそうではないと言っているように思える。
「ええ、確かにシモンさんは変わりましたね。今や押しも押されぬ艦長、皆のリーダーです」
少し言葉つきは乱暴になりましたが、あれくらいの方が良いんです、下の者もついて行きやすいですし、と言いかけると、ニアは首を静かに横に振った。
「そういうことではないのです。ロシウ、あなたは何も感じませんか?あなたならわかっていただけるかもと思ったのですが」
本当はリーロンさんやヨーコさんにも聞きたかったのです。でも二人ともお忙しそうで・・・ヨーコさんは今朝から狩りに出てしまいましたし。
何事にも真っ直ぐに向き合って、こちらが少したじろぐくらい直球の言葉を投げてくる、それがニアの持ち味だったはずだ。ただ今の彼女は、少し焦れているように見えた。珍しく、言葉を一生懸命探している。
「何か、艦長・・・・・・シモンさんに、変わったことでもされましたか?」
あるいは、恋愛の話であったりするのだろうか。ロシウは少し身構えた。そちらの方面の話は、はっきり言って得手ではない。それこそリーロンやヨーコにお任せしたいところである。
ああ、そうではないのです、と言って、相変わらずニアは言葉が続かない。それでも申し訳なさそうに笑うと、何とか話を継ぎだした。
「以前はシモンは、良く私の所に話をしに来てくれました。今とりかかっていること、悩んでいること。昔の思い出話をすることもありました。私はその時間がとても楽しかったし、シモンもそう言っていました。ここで話すとすっきりするよ、と。あの人はとてもとても疲れているようでしたけれど、それでも皆の為になれること、働けることを、喜んでいました。体は疲れていても、心はずっと満たされているように見えたのです」
ですが・・・・・。ニアは視線をふいに落とす。食堂の磨かれたテーブルに、彼女の瞳が頼りなく映っている。
「シモンが私のところに来てくれなくなって、もう随分になります。私自身も忙しくなって、しばらくはその事に気が付かなかったのです。・・・気が付いたときには、もうあの人に避けられるようになっていました」
「ちょっ・・と待って下さい。そんなことないですよ、シモンさんに限って、避けるなんて。忙しくて時間が取れないだけだと思いますよ。
・・・もしかしたら、ニアさんの方が忙しいと思って、気をつかっているのかもしれません」
慌てて慰めながら、それ以上気の利いたことの言えない自分にため息をつく。やっぱり、色恋の話は苦手だ。
「・・・・・・キタンさんにも同じ事を言われました」
ロシウの困惑は顔に出ていたようだ。
「『男はねぇ、ニアちゃん!でっけぇ仕事をしてる時、女のことがお留守になっちまうんもんなんだ。すまねぇけど、見守ってやってくれるのが一番だな。いやぁ~しかしリーダーも罪なヤツだねぇ~』そう、言われました。でも・・・でも・・・・・・」
やっぱり違うんです。
ほのかに肩が震えている。ふわふわの綺麗な髪も揺れている。
「私、どうしても話がしたくて、仕事の終わった夜の時間に、シモンの部屋を訪ねました。でもいつも居ないのです」
ロシウにしてみればそれはかなり刺激的な部類の話なのだが。まあこの二人は相思相愛なのだから、と気を落ち着けてみる。
「何度か探して、時々は艦内で会えるのですが、会ってもほとんど話をしてくれません・・・・・・何をしていたのか聞くと『見回りだよ』と答えてはくれます。とても疲れた顔で、それでも笑って。『ニアも早く寝た方が良い。お休み』そう言って私は帰らせられる」
「ひとりきりで佇んでいるのを見付けたこともあります。壁にじっと寄りかかっていて。嬉しくなって駆け寄ろうとして、気付いたのです」
シモンの目。何も映していない、暗い暗い目。
アニキさんが亡くなった、あの時の目にそっくりな-----------------
「ニアさん・・・・・・!」
本当ですか、と問いそうになって呑み込む。ニアにそれは愚問だ。言葉に決して嘘のない彼女には。
「私、心配です。私が初めてシモンに会ったあの時。あの時も確かにシモンは暗い目をして、自分の中に閉じこもっていました。でも、それでも、シモンの周りにはたくさんの人が居ました。シモンをシモンとして受け止めて、シモンの悲しみにどこかで同調してくれている人達が。だからあの時のシモンは、どんなに頑なに見えていても、心を閉ざしきっていませんでした。どこかで、みなさんと繋がっていた。だから私は、あの人の心を見ることができたのです。感じることができたのです」
でも今は。
「ロシウ。今ここには・・・・・・「シモン」を「シモン」として見ている人は居るのでしょうか」
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