「名前のない村」 ４

４．_______________

　・・・知られていないことだが，かつて，地上に生き物の住む村があった。
　傍目にその場所は，唯一人間が住むことを許された地上の集落に見えた。だがそこに住んでいたのは，螺旋王の実験によって生み出された仮初めの命。

　獣人には生殖能力はない。彼らはただ螺旋王の力のみによって，特殊なカプセルの中で生み出される生き物だ。ただ螺旋王にとって不満だったのは，彼らが必ずしも高い能力で生まれるとは限らないということだった。力ばかり強くても，頭の回らないものが多かったし，逆に頭は発達しても虚弱なもの，生まれてすぐに力尽きるものすらいた。
　彼には無限の時間があったから，多少の失敗は意に介さずいくらでも実験を繰り返すことはできたのだ。けれども，時々は地上に出てきたがる人間が居る中で，ある程度効率良く，かつ能力の高い手駒を創造したいと思うのもまた道理であった。

　その方法の一つとしてとられたのが，獣と人との合成・・・太古の言葉をかりるならば，キメラ，あるいはキマイラを造る実験だ。
　獣の怪力やある種の特殊能力を持ち，かつ人間のような知能の高さと手の器用さ，小回りのきく機動力，その上，獣人が持ち得なかった繁殖能力まで備えた者。獣人よりもより人間に近い，亜人間。
　赤子の内に人間たちから奪われ，何体もの獣人と組み合わされる。あるいはこれは数百年の長きにわたる倦怠が思いつかせた，暇つぶしに過ぎなかったのかもしれない。

　結局の所，合成獣人は螺旋王が期待した程の結果は出せなかった。
　戦士として使うには，人間よりは強くとも，本来の獣人と比べて力の差がありすぎたのである。その代わり彼らはほぼ例外なく，知能がおしなべて高く，また丈夫で耐久性に優れていた。
　そこで彼ら亜人間は，獣人のほとんどが苦手とする業務に携わる事になったのだ。
　言ってしまえば頭と手を器用に使う仕事だ。ガンメンやダイガンのメンテナンス業務や補給事務，簡単な医療行為。
　彼らは，テッペリンから離れた地に人間狩りに行く獣人達のための，補給基地に配備された。何しろ亜人間たちは獣人のように完全な眠りで細胞を活性化する必要もなく，ほとんど人間と同じ生活ができる。また新たに造りださずとも，繁殖を行えたので管理の必要がなかった。赤子の内から獣人の一種として育てられているので，螺旋王への忠誠心も高かった。
　それでも生粋の獣人達は，彼らを『できそこない』と呼んで蔑んだものだったが。

　しかし，亜人間達の生活は長くは続かなかった。

　彼らが生み出されてから数十年の後の事。

　ある日，彼らの村は何の前触れもなく獣人達の焼き討ちにあった。理由は定かではない。
　いつものように補給にやってきたガンメンと思い，出迎えたところをいきなりやられたのである。
　突然の襲撃に亜人間たちはなすすべもなく逃げまどう。彼らは仲間と信じていた者たちに手をかけられ，次々と倒れていった。

　考えられることはいくつかあった。
　まず数十年の間お互いに交配を繰り返した亜人間達は，獣人の血より人間の血の方が濃くなっていったということがある。彼らが人間の本能に目覚める事を螺旋王は懸念した。特に彼らはメカの扱いに長け，ガンメンやダイガンの機構にも詳しかったから，蜂起などされた場合，面倒な相手ではあった。
　また，能力の高い獣人が増えてきていたということもある。
　螺旋王の気の遠くなるような創造の繰り返しの結果，かなりの確率で，ある程度の知能を兼ね備えた獣人を生み出せるようになっていた。そのため，力の弱い亜人はもう用無しと考えたのだ。
　だがそれより何より，その瞬間，螺旋王その人が配下に出した命令こそが，一番大きな要因だったのだろう。
　彼は遠征軍を司る獣人の一人に，短くこう告げた。

「あれらを生かすのも飽きた。好きにしろ」

　獣人達にとっても願ってもない言葉だった。
　自分たちが地上一の種族と思っていた彼らは，下等な人間と同じ形をしているくせに，堂々と地上に生きる亜人たちを，ほとんど憎んでいたからだ。

　こうして地上にいくつか散らばっていた村から亜人たちは掃討され，後には何事もなかったかのように獣人達が駐留した。まるで以前からあった駐屯地のように。


　亜人達が存在していた時間など，螺旋王にとっては瞬きの間ほどでしかない。
　彼らの存在は記録に残る事もなく，抹消された。