「名前のない村」 １

※色々捏造注意報。コアチッチ村ってどこにあるのかな，から考えた話。
　２～３部間，脇役ばっかり。細切れなのは仕様です。




１．　科学局，中央システム管理室

「あら？」

　事務仕事中もけしてメカの前を離れず，決裁書類をめくっていたリーロンの手が止まった。

「ちょっと良ーい？アーテン～」
「はいはいロン姐さん」

　呼びかけると，頭上で意味もなく可動チェアを動かしながら仕事をしていたアーテンボローが，凄い勢いで降りてくる。毎度の事，気にも留めずリーロンは彼の顔と手にした書類を見比べている。

「あんたの出身ってコアチッチで良かったわよね？」
「そうっすよ～」
「ふ～ん・・・おかしいわね。なんでかしら」
「どうしたんすか」

　少し低いところで作業していたテツカンも，上司のもらした言葉に反応して仕事の手を止めた。

「これ，中央からアーテンに戻ってきてたんだけど・・・」

　リーロンが差し出したのは一枚の提出用紙。つい先日，戸籍登録の第一歩として政府内の職員に配られたものである。
　用紙はアーテンボローの手になるものであったが，書き込み欄の一箇所に大きな赤丸がついていた。テツカンが覗き込む。

「コアチッチ・・・『所在地不明・要再確認』？」
「検索に引っかからなかったんじゃない？だから書き損じと思ったのかも」
「ああ引っかからなくて当ー然！俺らの村はもうないんすよ」

　アーテンボローはせわしなく上下動を繰り返しながら，何でもないことのように言った。

「バチカと一緒っすよ～獣人に焼かれちゃったから。運がよけりゃ，同郷のヤツがどっかに生きてるかもしれませんがね～」

　全く普段と変わりない口調に，テツカンなどは却って感動したらしい。お前，意外と苦労してるんだなあ，と心底から声をかけたから，意外とは何だー！とアーテンボローが腕を振り回して怒り，アーム式の可動チェアから見事に落っこちた。科学局にいつものように満ちる，他愛ない笑いの空気。

「ふ～ん・・・じゃ，確認済み，問題なしってことで返しとくわ」

　確かに，バチカのように獣人に害なすと見なされて焼かれた村はいくつかある。アーテンの住む村がそうであったとしても不思議はないだろう。
　それに，結局これは人口確認のための手段であって，実際どこに住んでいたかなんて---過去の嫌な記憶をほじくってまで---詳細に調べる必要などないのだ。
　簡単に理由を書き添え，リーロンは用紙を決裁書類ファイルに突っ込む。螺旋王の検索システムでも探せないなんて，珍しいこともあるものね，とほんの少しだけ思ったが，すぐに他の重要事に紛れてそんなことは忘れ去っていた。