4.おべんとう 2
目が覚めると、6:30だった。同室のチビが壁にかけた時計がほんのり光っている。天井もまだ薄暗い。
しまった。何でこんな早起きしてんだ、俺は。それも月曜日の朝に。
学校なんか行きたい時間に行きゃあいい、俺は眠りたいときはとことん寝る!そういうポリシーが崩れちまうじゃねえか。(思い出した、そのとことん寝る!を貫いて、確か昨日は丸一日寝てたんだった)
さすがの俺もこれ以上は眠れそうにねえ、か・・・・・
しかも悪いことに腹が減ってきた。腹が減っては戦ぁできねえ。どうせまだ誰もいねえだろう。食堂に行って、なんか漁ってくるか。
のったりとベッドから起きあがって、その辺にあったTシャツをかぶる。寝るときはほとんど裸の事が多いのだが、こないだから一緒の部屋になったチビ---シモンが嫌がるので、とりあえず下は履くようになったのだ。男同士、気にすることはねえと思うんだがなあ。一度、なんでそんなに嫌がるのか問い詰めたら、真っ赤な顔して、
「み・・・見せつけられてるみたいでっ」
と言って下向いた。可愛いもんだ。
もっとそういう顔が見てみたくて、ときどき、
「おう、風呂行くか?」
と誘っているが、首を縦に振られたことはない。うん、これは可愛くない。男なら裸で語れ!だってのに。
ううっと伸びをして、件の同室人のベッドを見る。が。
居ない。自分と同じシングルサイズのベッドは、もうきちんと畳まれてある。おい、あいつこんなに早起きなのか!何だろう。早朝ロードワークとかやってるのか?どうも、自分の小ささとか非力さをコンプレックスに思っていそうだからな、あの中坊は。まあ、鍛えるのは感心なことだが、別に今のまま可愛い方がいいんじゃねえかな、と普通に思いかけて、いやあいつ男だから、と自分を止める。最近どうも自分がいろいろ間違っている気がしないでもない。
9月は秋だとデコの中等部寮長は言うが、はっきり言って夏だ。朝からなんだこの暑さ。あーもう全裸ですごしてえ、ビール飲みてー(問題発言)、と、だれきったまま食堂に入ると、人の気配がする。
?食堂管理のじいさんか?ジジイは早起きだっていうからな。(じゃあ俺もか!)まあ、あのじいさんなら、メシの一つや二つ、出してくれるだろう。
食堂のじいさんとは顔なじみだ。どれくらいここにいるのか、とか、名前とか、正直詳しいことは何にも知らないが、俺がちょくちょくメシをつまみにきても、別に嫌な顔もせず、食わせてくれる。というか、冷蔵庫を勝手に漁らせてくれる。残り物をくれるときもあるしな。
今もそのつもりで、何のてらいもなく厨房のドアを開けた。ら。
「うわ!」
「シモンじゃねえか!」
とりあえず派手に鍋が揺れて、中身が飛び出した。
「・・・・あっ・・・つ・・!」
「馬鹿、なにやってやがる!」
この馬鹿は鍋の中身がこぼれたのを、とっさに拾おうと素手でつかみやがった。手の状態は考えなくてもわかる。とにかくその手首をひっつかんで、シンクの水をジャージャー流して漬けてやる。
「あんな熱いもの素手でつかむ馬鹿がどこにいる!すぐ冷やせ!良く冷やせ!」
「は、はい・・・・」
お互い聞きたいことはあるだろうが、今はそれどころじゃない。シモンの手の平は真っ赤になっている。水ぶくれにならなきゃいいがな・・・・・・。
「あ・・の・・、カミナさ・・・」
「アニキって呼べっていってんだろ」
「・・・・・・アニキ、ごめん、手が・・・・」
「手がどうした!」
「ごめん、手首、が、痛くて・・・・」
「!・・・悪ぃ」
気が付けば、押さえた手首を、思い切り握りしめていたらしい。あわてて放すと、それこそ火傷の手のひらと同じくらい赤く跡がついている。火傷とあわせて、かなり痛々しい様子にしてしまった。
なんでこんなにつかんでしまったのか、自分でも良くわからない。シモンの小さい、柔らかい手のひらが傷ついた。そんなことに、妙に苛ついて。それで却って赤く跡をつけたんだから、世話ぁないんだが。
「・・・あー、なんだ。シモン、朝っぱらから何やってたんだ?」
しばらく沈黙。お互い立ちん坊でどうも居心地がわるい。気まずさを振り払いたくて、コンロの火を落としながら、聞いてみる。
「えと・・・・・お弁当を作ってて」
「弁当?誰の?」
「俺の、だけど・・・・・」
「おまえ、自分で弁当作ってんのか?!中等部にも学食あるだろうに」
「そう、なんだけど、お金が少しかかるから」
確かに、学食は無料ではない。だが全寮制という学校の性質から、かなり安い値段におさめてはあるはずだ。それにこの学校は、割と坊ちゃん嬢ちゃんが多いから、みな余り気にせず学食を利用している。俺はともかく、シモンはそういう・・・良いところの子かと思っていた。
「俺、大食いで。普通の量だと足りないし、でも仕送りもそんなにない、し」
俺、両親居ないんです、とシモンは笑う。叔父さんのもとで育てられて。
叔父さんには、負担はかけられない。もともと奨学金の制度をつかって、入れてもらったのだ。一貫校のこの学校なら、大学まで行かせてもらえる。そうしたら働いて、叔父さんに今まで育ててもらった分のお金を返す。それが叔父さんとの約束。本当は今からでも返したいけれど、中学生の身ではアルバイトもままならない。
「・・・・・・俺と、同じ、か」
「え?・・・」
「俺も両親はいねえよ。ただ親がここの理事と少し懇意にしてたんでな。お情けで入れてもらってんだよ」
「・・・アニキも」
「別に俺は大学とか行きたかぁないんだが。ただ、恩は返さなくちゃなんねえ。学費もな。だからガテンでもなんでもバイトして、なるたけ稼ごうと思ってる」
「そう・・・なんだ」
目をまん丸くして。意外だと言わんばかりにこちらを見ている。俺がこいつを良いところの坊ちゃんだと思ったように、こいつも俺をそうだと思っていたんだろうか?それにしても視線がくすぐったくて、ついその頭をぐしゃぐしゃと撫でてしまった。
「ちょっと似てんだな、俺たち」
そう言ってやると、心底嬉しそうに笑いやがる。手のひらは、もう痛くないだろうか。
「それにしても、弁当にするとそんなに安く済むもんなのか?」
当然の疑問。俺は自炊なんぞやったこともないので、その辺りの金勘定が良くわからない。
今度はシモンはくすくす笑い出す。何がおかしいんだ。
「ヨーコも同じ事言ってたから」
みんなやっぱり知らないんだなーと思って。うまく食材を使えば、ほんとに100円とかかからないのに。
そんなことを楽しげに話す。ヨーコってあれか、あの生意気女だな。
話を聞きながら、こいつ妙にエプロン似合うよな、とぼんやり思っていると急にシモンが慌て出す。
「やばい、急がなきゃ」
「どうしたんだよ?」
「ここのおじいさんと約束して厨房借りてるんだ。朝食準備の前までなら使っても良いことになってて。早く終わらせないと」
「手はもう平気なのか?」
「大丈夫!」
手を拭いて、てきぱきと弁当を詰め始める。さっきの鍋のやつで大体用意は終わりだったらしい。ああ確かに弁当箱は大きいな。こいつのどこに、これだけの量が入ってるんだか。
ふと思い出す。そう言えば俺、腹が減ってここに下りてきたんだったっけか。調理台の上にさっきこぼした、これはなんだ、きんぴら?みたいのが転がっている。一つつまんで食べた。
・・・・・・美味い。
「あー!そんなところに落ちてるの、食べない方が・・・!」
「シモン!!」
「は、はいっ!」
がしっと、シモンの両肩をつかむ。ああ、こいつ細いなあ、とかそういうことはおいといて。
「・・・・・・明日っから、俺の分も作れ」
「・・・・・・・っ!えええええええええええ?!」
「もちろん金は払う!」
こんな美味いもん、毎日食えるなら、いくら出しても惜しくはない。(あんまりないけど)
「いやっ、でも!」
「あ、学食よりは安くしろよ。そうだな、学食の弁当から100円引きくらいでいい」
「でも、あのっ」
「それはお前の料理と、倹約の腕を見込んでの頼みだ。おまえがなるべく安く安くおさえれば、それだけ差額も出る。良いアルバイトになるだろ?」
俺は昼飯代を安くできて、お前は念願の初仕事。これ以上ない契約じゃねえか。
「でででもっ、あんまり美味しく作れないしっ」
「そんなことねえよ」
ちょうどさっきついたらしき何かのタレを(多分そこに入っている鳥の煮物だと思う)、シモンの頬から指でとって舐める。
「うん、すげぇ美味い」
やってから、しまったと思った。
何しろシモンは、火傷の跡も俺がつかんだ手首の跡も分からなくなるくらい全身真っ赤になってしまったし、俺は俺で、自分のした行為に驚いていたから。本当に無意識だったんだ。
後は二人とも無言で。
ものすごいスピードで弁当を包み終わると、シモンは厨房を飛び出してしまった。
残された俺は、力の抜けた声で、「明日から頼むなー・・・」と呟くしかなくて。
それでも、明日っからの昼休みが楽しみだな、とどこかで有頂天になっている自分が居て。
結局、調理場のじいさんがやってくるまで、腑抜けて座り込んでいたのだった。
拍手お礼3番「おべんとう」の続きです。拍手に載せようとおもっていたら、思ったより長くなってしまったのでこちらに。
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