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Posted by ふじみき - 2008.03.10,Mon


3.同時刻,グラパール整備室



 リーゼントをばきばきに固めた整備員が,休憩の一服を楽しんでいる。実働隊は,いつの時代も中央の職員たちと比べ割と規律がゆるいのだ。とんがった髪型も整備の腕さえあればある程度黙認される。
 グラパール脚部の裏で気持ちよく煙を吐いているところに,同僚の女が声をかけてきた。

「休んでるとこ悪いけど,あんたに届け物」
「ん?悪ぃな・・・って何だよこれ,こないだ出したやつじゃねーか!」
「記入漏れ,読み取り不能,再提出だって~ご愁傷様」

 あんた字ぃ汚いもんね,と少々うっとうしいくらい長い前髪を揺らして笑う女に悪態をつきながら,リーゼントは新しい戸籍登録用紙とにらめっこする。

「っあ~面倒くせ!ここ来てから,んっとにめんどくせーことが多すぎるんだよ!・・・あ~あ,俺もレイテの姐さんについていきゃ良かった・・・」
「ばーか,あんたがついて行ったってしょうがないだろ。姐さんはもちろん,マッケンさんだって整備の腕は相当なんだから。第一,新婚家庭の邪魔だっての」
「ああ姐さん,あんなやつに孕まされちまっ・・・痛えええええ」

 がつんといい音がして,女整備員の右手が光る軌跡を残す。

「言うに事欠いて何言うのあんたは!」
「お前こそっ,殴るに事欠いてそんなもんで殴るなっ!死ぬっ!」

 頭を抱えて唸る男に,伊達にリーゼント固めてるんじゃないでしょ,死にゃしないわよと冷たく言い放って,グレン団時代からの整備員仲間は,汚れがついたと言わんばかりにスパナを磨いている。
 リーゼントは諦めのため息とともにツナギのポケットから鉛筆を取り出すと,床に落ちた登録用紙にそのまま書き込みを始めた。

「生年月日,現住所,出身地・・・っと」
「そうやって適当に書くから,読めなくなるんでしょうに」
「うるせ,読めねえ方が悪い。んで,署名・・・ゼントリ・ドッカナイ」
「ああ,あんたガバルさんと同郷だったっけ」
「おうよ。お前どこだっけ?マナハス?」
「あったりきよ!何たって海の女だから!」

 髪を振り上げて見栄を切りつつ,地下暮らしで関係なかったんだけどね,と女は自分で突っ込みを入れる。
 それでもいつも地下までしみ通っていた潮の香りは懐かしいし・・・初めて外に出て見た海は今でも忘れない。ああこれがあたしの側にいつもあったんだ,と胸がいっぱいになった。一瞬にして,広くて圧倒的な水の塊(当時は海という言葉を知らなかった)の虜になっていた。
 あれを見たから,獣人と戦おうなんて気になった。こんなに広くて綺麗なもの,毎日見られないなんておかしいじゃない。そう思ったから。
 海ねえ,俺はダイグレンに乗ってから初めて見たっけなあ,とリーゼントは感慨深げに唸っていたが,ふと何か思いついて顔を上げた。

「なあ,レイテ姐さんはどこから来たんだ?」
「え・・?」

 お前俺より先に姐さんと合流してたろ,知らないのか,という問いに,海近くの村出身の女は,聞いたことない,と首を振る。

「あたしが姐さんに拾ってもらった時は,もう何人か他に姐さんと一緒に居て・・・サングラスのヤツと・・あとゾーシィさんが居たかな」

 あの人達に聞けば知ってるかも,と思いつつ自信はない。確か故郷に帰ったと聞いているし,ゾーシィさんに至っては今や雲の上の人だ。気軽に声をかけられる人ではない。

「そうか・・・まあな,何かそんな細けえこと気にする雰囲気じゃなかったもんなあ,あん時は」

 レジスタンス活動に勤しんでいた彼らの前に,ある日颯爽と現れた,同じ志の仲間,乗っ取ったガンメン。終わりのない抵抗活動に,突如差してきた一筋の希望の光。
 一も二もなく,仲間達の中へ飛びこんだ。獣人の最強武器を乗っ取ることができるなんて,思いもしなかった,それを見せつけられたら加わらずには居られない。
 あとは,敵を倒すことだけ。地下から脱出できる未来を夢見ることだけ。そんな中でかわされる会話に,些末な情報なんて吹き飛んでいて。

「今考えるとすげーよな,姐さん,もうガントラック持ってたもんな。獣人からかっぱらったんだろうけど」
「かっこよかったよぉ~レイテ姐さんは!獣人とやりあってたらさ,ガントラックが突然走ってきて!姐さんが手を挙げたら,荷台からソーゾーシンが飛び降りてやっつけてくれて!」

 この場合格好いいのはゾーシィの筈なのだが,彼女に感銘を残したのはレイテの方だったらしい。


「あたしもメカの整備にはちょっと自信あったんだけど,もー姐さんの腕見たら自分が豆粒みたい。ガンメンのカスタマイズなんて,一朝一夕でできる人居ないでしょ!」

 彼女はガントラックから降りてくると,レジスタンス達を見渡して短く状況を説明した。
 ここからずっと先に,初めてガンメンを奪った男が居ると。

『馬鹿みたいな話だけど,そいつは獣人の王様ってやつに,喧嘩しかけに行くらしいよ』

 そういって,眼鏡の奥がニヤリと笑う。

『あたしら,その喧嘩に乗ろうと思うんだけど,あんたたち,どう?腕に覚えがあるなら,一緒に馬鹿やる気はないかい?』

 ぐっと上げた親指は,見事なタコで飾られていて,くわえ煙草の器用な笑顔は不思議と人を惹きつけた。
 何より確かなその腕が,彼らの心をつかまえた。

「かーっこいいい!もー!姐さんほんとかっこいいい!」
「お,おい,俺が姐さんに会ったときの話しはもっとかっこいいんだぞ!聞けよ!」

 感極まってくるくる回る女整備員に,リーゼントは負けじと自分の話を聞かせようとする。
 そ
の頭上で,大きくアラームが鳴った。演習を終えたグラパール機体が帰ってきたことを知らせる音だ。思い出話に花を咲かせようとしていた2人は,名残惜しげに仕事へかけだしていく。

 結局,一番最初の問い・・・レイテがどこから来たのかについては謎のままだった。

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