お題:「5つの症状」より
1.耳鳴り
今日もまた耳鳴り。
夕食を食べ終わって、リーロンが熱いお茶を入れてくれている。その間に、ほら、また始まった。
今日も原因はたいしたことはない、またアニキがデカ乳だのデカ尻だのとヨーコに言って(大きいことは良いことだと思うんだけど)ヨーコはヨーコで、アニキが狩り下手だとかこの間まで銃も知らない田舎者、とか言って。そんな不毛な言い合いが、どうしてあんなに続くのかな。俺はそもそもヨーコどころか、人とあんなに話を続けたことなんかない。
キィ・・・・・ン
金属音みたいな。遠くで何かが鳴らされているような。耳の奥から音がする。
喧嘩するほど仲が良い、これは村でも聞いたことがある。何だかあの二人はしょっちゅうくだらないことで言い争いをして、でもそれが端から見ると本当に楽しそうで、ああ仲良いなあ、と思った時にはもう。
キ、イ・・・・・ン・・・・・キイ・・・・・・・ンンン
ああ、いやだ。この音。周りの風景が遠ざかって見える。現実感に乏しくなる。
目の前の二人はほとんど取っ組み合わんばかりの状態で、頭を近づけて言い争っている。聞こえる筈なのに聞こえない。まるで自分がココに居ないよう。何なのか解らないけれど不安がせり上がってきて。あんなに顔を近づけたら、何かのはずみでキスだってしちゃうんじゃないだろうか。そんなことを考える自分が嫌で嫌で。
口実をつけて逃げ出した。夜の水汲み。明日の朝用の水を汲んでくるよって。リーロンは感謝してくれてたから、少し罪悪感がある。でも役にたてるんならいいじゃないか。
野営地から少し行ったところにある泉は、夜だけれども月明かりでとても明るかった。水の周りには少しだけ小さな木や草が生えている。あまり嗅いだことのない香りがする。草の匂い、ってこれのことかな。地下では見たことのない、瑞々しい緑。昼間にも少し感じたけれど、夜になって匂いは格段に強くなっていた。
深呼吸する。耳鳴りは少し治まってきていた。
膝をついて、持ってきたタンクを暗く静かな水に沈める。
まず一つ、さてもう一つ、と思って持ち上げたとき。
ぐらり、と地面が揺れた。咄嗟に『ガンメン!?』と思ったけれど、それらしい機動音は聞こえない。何だろう、それなのに揺れは収まらない。何だろうこれ、地面ごとゆらゆら左右に揺らされているような・・・・・・
「シモン!!」
「アニキ!?」
呆然と泉のそばで膝をついていたら、突然聞き慣れた声がして、体ごと抱きすくめられた。声でアニキとわかってはいたけれど、あんまりびっくりして心臓が飛び出るかと思った。
「ど、どうしたのアニキ?」
「どうしたもこうしたもねえ!近くにガンメンがいやがるだろう!早く戻れ!」
「ちょ、ちょっと待って、見たの?」
「いや、見てないが、この揺れだ。お前も言ってたろう、地震はガンメンが起こす揺れだって。こんなに揺れてやがるんだ。何機か来てるに違いねえ・・・・」
アニキの顔はあまりにも真剣で、今にも俺を抱え上げて走り出しそうだった。俺はもがきながらアニキの方を向く。
「アニキ、多分この揺れは違うよ」
「なんでわかる!」
「揺れ方が違うんだ。ガンメンが起こす地震は、もっと、なんていうか、縦の方向に揺れるから。これは何だか違う。横にゆらゆらしてるだろう、ほら、それに音も全然しないし」
ああそうだ、リーロンに教えてもらったことを思い出した。確かにガンメンの移動や戦闘で、地下の町に起こる地震もある。でも、本当に地面が底の方から揺れ出す地震もあるんだって。(というか、それこそが本当に「地震」って呼ばれる現象なんだ)
「これが本当の地震なんだなあ・・・」
「・・・おまえ、意外と冷静だな」
呆れたようにアニキが呟く。
「まあでも安心したぜ、またあん時みたいに恐がってんじゃねえかと思ってたんだけどよ」
さすが俺の弟分、いつまでも地震を恐がったりはしねえな、感心感心、と頭を撫でられる。胸に頭を抱き込まれる。そうかアニキは地震嫌いの俺を心配してくれたのか、といまさら思いつく。
くすぐったいようなうれしいような気持ちになって、何となく耳をアニキの胸に擦りつけてしまう。さっきまでうるさいくらいだった耳鳴りは、もう止んでいて。
代わりに聞こえるのは、どっくん、どっくん、という音。アニキの鼓動だけ。どうしてこんなに安心するんだろう、この音。地下でアニキと一緒に眠る時なんかに、時々聞いていたけれど。
「おいおい、頼むからここで寝るんじゃねえぞ」
そう言われても、弛緩していく体はなかなか止められない。
いつの間にか地震は収まっている。
ああ、もしかして俺は、ヨーコにアニキを取られるのが嫌だったのかな。眠気と必死で戦いながら、アニキの腕のなかで、ぼんやりとそんなことを思った。
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3話あたりの間の話ということで。
タイトル配布元:http://sheep.iinaa.net/index.html ヒツジノユメカタリさま
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