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Posted by ふじみき - 2008.01.16,Wed


2.

 事の起こりは,シモンからでした。
 シモンは,街唯一の教会に住む小さな双子,ギミーとダリーのために木彫りの人形を作っていたのです。手先の器用なシモンは,小さな手回しドリルを使って,何だって作る事ができます。それを兄貴分のカミナに見とがめられました。

 「買われるわけでもねーのに,なんでそんなもん作ってやってんだ?」

 カミナにしてみれば,何の理由もなく人にものをあげるなどということは,馬鹿げているとしか思えません。苦笑しながらシモンは説明します。

 「教会のお話でね・・・」

 それは,教会で子供たちが毎週聞く,お説教話の一つでした。一年中,街で一番良い子にしていた子供のところには,年が暮れる冬の夜,すてきな贈り物が届くと言うのです。
 もちろんそれは,いわゆる訓話というものでしたが,毎年その話を聞かされている小さなギミーとダリーはそれを熱心に信じていました。そして,今年も「自分たちが選ばれないかな」と毎日一生懸命お祈りしているというのです。
 教会の司祭見習いで,双子の面倒をみているロシウが困ったようにその話をしていました。あまり熱心なので,少し不憫だというのです。かといって,けして内証が豊かでない教会ではプレゼントを買ってあげることもできません。
 元気な双子も,ロシウも,シモンの友達です。貧乏なのも一緒です。というよりも,人間の街では一部をのぞいて,誰もがかつかつの暮らしをしていました。誰も娯楽やプレゼントにかけるお金など持っていなかったのです。だから,シモンはせめていらない木っ端などを使って,自分ができることでプレゼントにしてあげようと思ったのでした。

 「気にいらねーな」



 カミナは不機嫌に眉を上げます。シモンは密かにため息をつきました。多分そう言うと思ったから,兄貴分のカミナには教えなかったのです。

 「良い子にしてれば選ばれる,だと?何様のつもりだあのおっさんは!」

 カミナは教会のマギン司祭が嫌いです。カミナにしてみれば,彼はしたり顔で嘘くさい話を並べるペテン師ぐらいでしかありません。この話だってそうです。誰もプレゼントなどくれるはずがないのに,良い子にしていれば貰えるなどと,嘘っぱちも良いところです。その上,一番良い子だけもらえるとか。子供を選ぶ態度も気に入りません。

 「俺ぁそういう嘘っぱちは好かねえ」
 「そうは言うけど,アニキ,オレたちの村にもあったじゃない。悪いことばっかしてると岩石鬼がくるよ,とかさ」

 アニキなんか,良く言われたんじゃない?笑いながらも手を止めず,シモンは人形の輪郭を削っています。ひやりとした空気の中で手がせわしなく動きます。

 「おう!言われた言われた。だがどうよ,この歳まで一度だって鬼なんか来た試しがなかったぜ!」
 「いや,そういうことじゃなくてさ・・・」

 ふんぞり返るカミナに,今度こそ本気でシモンは呆れました。これじゃロシウのほうがよっぽど大人だよ・・・というつぶやきを聞きとがめて,カミナが何を!と迫ります。

 「だからっ,小さい子に聞かせる話なんてそんなものでしょ?まだ理屈を説いてもわからない歳の子が,とりあえず悪いことをしないようにする為の作り話なんだから。嘘っていうのとはまた違うよ」
 「んだと?てめえ,兄貴分よりあのおっさんの肩持つ気か?」
 「何でそうなるの・・・」

 もうー,とシモンはカミナに説明するのを諦めました。話しても埒があきそうになかったからです。この話は終わり,とばかりに,職人の顔に戻って黙々と木片削りを再開します。
 むっとしてカミナも部屋の隅へ腰を下ろしました。カミナだって,けしてシモンの言うことがわからないわけではなかったのです。ただ,シモンが自分ではなく誰かの肩を持って反論するのが気に入らなかったのでした。それが自分が嫌う司祭の言うこととなれば余計にです。もっと言えば,カミナではない誰かのためにシモンが心を砕くのも---それがロシウやギミー,ダリーでも---気に入らなかったのですが,そこまで了見の狭いことを考えるのは理性で止めました。

 何か良い方法はねえかな。

 カミナは考えます。シモンをあっと言わせるような,司祭の鼻をあかすような,それでいてギミーやダリーの願いも叶えられるような・・・
 そんなありそうにない事,簡単に考えつくはずがありません。カミナも少し頭を巡らせただけで,さっさと諦めようと思っていました。ところが。

 ・・・あるじゃねえかあるじゃねえかあるじゃねえか!!

 とんでもなく良い考えが,カミナの頭に浮かんだのです。

 「おうシモン!木っ端削りなんてやめだやめだ!俺に良い考えがある」

 ハートのシャツを翻し,カミナはどんとシモンの前に仁王立ちです。びっくりしたシモンが目を白黒させているのにも構わず,耳ぃ貸しやがれ,と肩を引き寄せました。



 「にしてもアニキ,トナカイ祭なんて良く知ってたね」
 「へへーん,ちいっとばかし前にな,雑貨屋の裏ぁ漁ってた時に聞いたんだよ」

 ぶんどり品を背負ってカミナは鼻高々です。今日という日に,夜を徹してたくさんの品が入荷してくること,それがトナカイ祭の日だということ,偶然ではありましたが,雑貨屋の店員たちが話をしているのを耳にしたのでした。後は簡単,工場から都に入る道路を調べるだけです。
 カミナは酔ったトナカイのふりをしてトラックを立ち往生させ,その間にシモンがガントラックの後脚部周辺のアスファルトを脆く崩しておきます。(これはシモンのドリル技が無ければできない相談でした)頃合いを見計らって2人は道を譲り,ガントラックがエンジン開始の足踏みをした途端,後部を下にひっくり返る,そういう筋書きでした。はずみで開いた扉から,品物はまんまと流れ出ます。お祭りの必需品とは言え,一つ一つはそう大した値段ではない荷でしたから,荷台には鍵もかかっておらず,掛けがねを外すだけで大丈夫でした。

 「こんなに上手くいくなんて思わなかったなあ」
 「何だよ,カミナさまを信じろっての。ちったぁ見直したか?」

 うんうんと頷くシモンの目がきらきらしています。弟分の尊敬を勝ち得て,カミナはとても満足でした。しかし,仕事はまだ終わりではありません。

 「さあて!いっちょもう一仕事と行くか!」

 重い袋を揺すり上げて,カミナはにやりと笑います。ここからが,今夜の真骨頂でしたから。誰隔てなく,プレゼントを配る---良い子もわるい子も関係ありません,スラムに住む全ての子供にプレゼントを配るのです。冬の夜,街に住む全ての子供に贈り物が届けられたなら,司祭は何と子供たちに言い訳するでしょうか。カミナはそれを想像すると楽しくて仕方がなかったのです。
 シモンもにこにこしています。司祭への当てつけと言ってはいるけれど,本当はカミナは根が優しいんです。そうでなければ,せっかく盗ったものを売りもせず,子供たちに配るなんてこと,できるはずがありません。

 「それは良いんだけどアニキ・・・」

 シモンはやる気で路地を出ようとしているカミナをもじもじと呼び止めます。

 「あのアニキ・・・着替えてきちゃ駄目?」
 「んだよ,何が気にいらねえ」
 「何もかもだよ!オレが着てるの,獣人のだけど女物でしょ?!なんでオレだけこんな格好なの!」

 シモンは先ほどのトナカイ娘の格好のままです。真っ赤なワンピース,黒のニーハイソックス。真夜中,誰も見ていないとはいえ,大通りに出るのは気がひけます。カミナは上から下までシモンをとっくりと眺めます。

 「似合うから良いじゃねえか」
 「良くないよ!」
 「うるせえなあ,文句ならジャンク屋のオカマに言えよ。あいつがこの二着しか用意しねえから悪ぃ」

 といいつつも,メス仕様を依頼したのはカミナだったのですが。我ながら良いチョイスだったと,カミナは自画自賛しています。ミニのワンピースは細いシモンの体にピタリと合っています。首周りや裾にあしらってあるふわふわの白い毛皮がかわいらしさを引き立てています。危うくみとれかけたカミナは,帽子をかぶりなおしてごまかしました。

 「それに,その格好だったから,あの運転手も気ぃ許して最後まで気付かなかっただろ?・・・ほれ,時間がねえんだよ,さっさと行くぞ!」

 ええええ,という抗議の声を無視して,カミナは揚々と大通りへ飛び出します。シモンは諦めたようにかくりと首を落とすと,急いで後を追って走り出しました。

 持ち前の身軽さを発揮して,泥棒兄弟は次々にプレゼントを配ります。屋根を飛び移り,雨樋を伝い,どんな家にも入り込みます。すやすや眠っている子供たちの枕辺に,良い子もわるい子も区別無く,ささやかな贈り物が光ります。
 もちろん,教会にも行きました。手をつないでいるギミーとダリーにそれぞれ,砂糖菓子の人形が置かれます。添い寝しているロシウの枕元にも,一つ派手なペロペロキャンディをカミナはおいて行きました。明日の朝,デコ助のやつどんな顔しやがるか。(ロシウはいつも前髪を上げて額を見せているので,カミナは彼をデコ助と呼んでいます)シモンはくすりと笑います。真面目なロシウが,顔ほどもあるキャンディを舐める所を想像したらおかしかったのです。
 どんな小さな家にも,穴蔵にも。カミナとシモンは漏れなくプレゼントを配りました。一晩中走っているのに,不思議と疲れを感じません。夜の街を走り回る興奮,明日の朝の子供たちを想像するわくわく感,内緒の楽しさ。そんなもので,2人ははち切れんばかりでした。

 白々夜が明ける頃,泥棒兄弟は街で一番高い時計台に上がっています。谷の縁にも届かない高さですが,この街では一番に朝日を拝める場所です。
 時計台の外壁についた柵にもたれて,東の空を2人は見ています。冷え切った空気がシモンの頬を撫でますが,走り回ってすっかり温まった体には気持ちいいくらいです。淀んでいない朝一番の空気を吸い込んで,シモンはにっこり笑いました。
 その様子を,カミナはじっと見つめます。考えてみれば,シモンの素直な笑顔を見るのは久しぶりでした。地下の村を出て,生きるためにと始めた泥棒稼業。2人とも割り切っている商売ではありましたが,時に弟分のシモンは,そんな稼業を少し重荷に感じている節がありました。それなりに楽しく暮らしている日々でも,シモンの中ではその小さな重荷がだんだんに負担になって,明るい笑顔を奪っていたのでしょう。

 「あっ・・・」

 気持ちよく風になぶられていたシモンが,ふいに声を上げます。赤い毛皮帽をとって汗を拭いていたカミナが驚いてそちらをみると,空っぽになった大きな袋をシモンが持ち上げています。

 「なんだ,どうしたんだよ?」
 「オレ,アニキにプレゼント,残しておくつもりだったのに・・・」

 シモンは皆に配るプレゼントから一つとって,カミナにあげようと思っていたのです。今夜の計画を一から十までたてたのはカミナです。その労いと感謝の気持ちを込めて,最後にプレゼントを渡そう,そう思っていたのに。夢中になって配る内に,すっかり忘れてしまっていたのでした。
 しゅんとなってしまったシモンを見て,カミナは優しく笑います。弟分の失敗を笑ったのでしょうか?いいえ違います。シモンの気遣いが嬉しかったのです。自分にまで贈り物を,と考えてくれていた事が純粋に温かく・・・その上,それができなかったと凹む姿が,何とも可愛らしかったのです。
 俯いてしまったシモンの小さい頭を,カミナの大きな手がぐしゃぐしゃと撫で回しました。顔上げろ,シモン。そう言って,ぽんぽんと叩きます。困ったような顔のシモンに,カミナは言います。

 「心配すんな。プレゼントならもうもらってんぞ」
 「え・・・?」
 「弟分の笑顔,ってのもなかなか良いプレゼントだぜ?」

 だから,んな顔しねえで笑ってろ。そう言うと,思い出したように照れ笑いして,カミナは向こうをむきました。帽子を取った後の頭をぐしゃぐしゃかき回しています。
 一瞬シモンの顔も赤くなります。でもすぐに,とびきりの笑顔がぱあっと戻ってきました。世界でたった一人の兄貴分に,笑顔がプレゼントだなんて言われて,嬉しくないはずがありません。笑わないつもりでも,顔が笑顔になってしまいます。
 そうだ,とシモンは思いつきました。おもむろに空っぽの袋の中をかき回し,お目当てのものを引き出しました。それは,プレゼントを包むのに余っていたらしい,真っ赤なリボンです。

 「アニキ!」

 明るい声で呼ばれて,カミナは振り向きます。

 「はいっプレゼント!」

 そこには満面の笑顔を湛えて,頭にカチューシャのようにリボンを結んだシモンが立っていました。

 「笑顔がプレゼントなら,こうした方がもっとそれっぽいでしょ?」


 それは。
 何しろ。
 シモンは冗談のつもりだったかもしれませんが。

 ミニスカ・ニーハイ・女装ショタ少年が,リボンをつけて「プレゼント♪」と目の前で名乗ったら。

 ぶつん。

 カミナの理性が音を立てて切れました。

 「・・・シモン」
 「?どうしたの?アニキ」
 「良く言ったあああ兄弟!!!お前の意志は受け取った!」

 カミナの豹変に,シモンはおろおろするばかりです。しかし,理由を問う暇も与えず,カミナは小柄なシモンを横抱きに抱え上げました。

 「ちょ,ちょっとアニキ!?何するの?!」
 「安心しろシモン・・・!お前のプレゼントは世界一だ・・・!」
 「そ,それは,どうもありが」
 「だが!残念なことに俺はお前に返せるプレゼントを用意していないい!」
 「そんなこと気にしなくてもっ」
 「だから!俺は!」

 カミナの太い腕が,シモンをお姫様抱っこに切り替えます。白い歯をきらめかせ,それはそれは良い笑顔のカミナはシモンの耳元に囁きました。

 「・・・朝まで,体で返してやろう」
 「あ,朝までって,いまが朝だけどアニ」
 「明日の朝までに決まってっだろーが!とっとと帰るぞシモーン!」
 「ちょっとまってアニキーーー!!」

 静かな冬の朝に,泥棒兄弟の声が響いています。

 

 それから,毎年トナカイ祭の日には,人間の街では,子供たちの枕元にプレゼントが置かれるようになったとか,ならないとか。赤い服の泥棒兄弟を見た人が居たとかいないとか。
 トナカイ祭の,夜のお話でした。

 

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