9.
手の平が熱い。人を殴ったことなど、一度もなかった。殴ろうとしたことは、一度だけあったけれども、結局実行はしなかった。あれは初めてシモンさんやカミナさんに会った時。まだ自分が、狭い狭い世界に生きていた頃。そして、これはあの時のような激情と違う。
殴られた本人は、呆然とこちらを見ている。
目を、覚ましてほしい。
「あなたが昨日していたような・・・事を、責める気はありません。失望とか、そういうことでもないんです」
辛かったのは、あなたが自分を見失っていたこと。自分というものの価値を貶めて、自ら切り刻んでいるような。そんな姿を見せられたこと。そうなってしまうまで、誰にも、誰一人にも、助けを求めなかったこと。まるで側に誰もいないかのように。
唇を噛みしめる。そう、いまやっと気が付いた。たった一人で戦おうとしたこの人に、自分は怒りを感じているのだと。
その手を一度振り払ったのも自分だった。でも、まだ遅くはないはずだ。
「前が見えないと言って、逃げないで下さい」
それはみんなが同じ事。あなたや僕や、大グレン団がしたことは、一つの時代を終わらせたこと。それは大きな仕事だった。偉業だった。
でも。終わらせたなら、また始めなくてはならない。皆、それに戸惑っている。破壊することは簡単だ。だけれども、新しい何かを作る事は、想像できないくらい困難だ。だから誰もが指針を求めて、あなたを見上げる。あなたにすがる。その上、大きな目的を失った人々は、自分たちの思惑で動き出す。そのうねりは、もうどうしようもないことで。
「でも、あなたが先頭に立って進む必要も、皆をその同じ道に進ませる必要も、ないんです」
あなたはどうしたってリーダーだ。統率者だ。それは覆せない。そこからは抜け出せない。ただ今あなたがやるべき事は、進軍ではない。僕たちは、かつてのように同じ夢を見て進むことはできない。平和を取り戻した今、各々が各々の道や夢を見つけ始めているのだから。
「それでも、ずっと心の底のほうで、誰もが願っている事がきっとあるはずなんです」
その願いのために。その願いの行き着く先を。用意してやるのが、今、あなたのすべき仕事。
「目的を外に探してはいけないんです。これから僕たちは、内側から、目的を造らなくてはならない」
最終的にたどり着く先が同じになれば、僕たちは共に歩むのと同じだ。大グレン団の全員が、ここに集まる全員が、同じ夢を見なくとも。全ての夢を受け止めるような受け皿を、用意する。それがきっと今、必要なこと。皆を導く必要なんてない。
「あなたに力なんか無くても良い。みんな、あなたに権力や暴力による支配を求めているのではないのだから。あなたはあなたのままで良いんです」
「・・・ロシウ」
「目は覚めましたか?」
頬から手を放して。ロシウを見る瞳に光が宿った。そう、思い出して下さい。あなたは言ったじゃないですか。俺は俺だ、穴掘りシモンだ、と。
迷っていた目が、ロシウを見て、自らの手を見て。下を向いた。ぎゅう、と掛布を握りこむ両手。
「・・・俺、何やってたんだろう、な・・・」
リーダーじゃなきゃ、って思ってた。みんなの期待に応えなきゃ、って。がむしゃらに、自分より大きなものになろうとしていた。何も見えないのに、自分だけで突き進めると、切り開けると、思っていた。その挙げ句、この有り様だ。
「いいえ、僕もずっと気づかないでいたんですから」
あなたの重責を図ろうともせず、目の前の事ばかり気にしていた。今の説教じみた話だって、外側に居たから言えたこと。
でもその視点も本来必要だったはずなのだ。
「・・・シモンさんは、一点を見つめすぎるところがあるかもしれません」
何かに向かってまっすぐに、突き進むのがあなたの生き方だ。勢いはあるけれど、不器用ともいえる。その分、軌道を外れたときや目標を見失ったときに自分では制御しにくくなるのだろう。
三者的な視線で、あなたを見る事。軌道を外れたときに、修正する力となること。なくした目標を見つけ出すこと。羅針盤のように。
もしかしたら、その為に・・・僕はあなたの役に立てるかもしれない。
目の前が晴れた気がした。ここへ来る前、まだ尻込みしていた。自分があなたの支えになれるかどうか、はっきりとは想像できないでいた。でも今なら、わかる。
「あなたの見つめる一点の方向がもしも狂うなら、これから僕はいつでもそれを戻します」
まだしびれの残る手を握って上げてみせる。
「必要とあらば、この手を使ってでも」
そう、今のように。
あまり慣れないやり方ですけどね、と拳を見つめて言いかけると、シモンはゆっくり顔を上げて、一瞬、くしゃりと歪みそうな顔をした。慌てて顔をそらして、ごめん、とつぶやく。喉をふさがれたような声で。
「アニキみたいなこと、言うから」
お前が迷ったら、いつでも俺が殴りに行く。そう言われた、あの日。
ロシウもそれを思い出した。ずっと後になってから、聞かせてもらった、あの日のカミナの言葉。
今思ってもカミナさんらしいと思う。カミナさんなら、この人の為に、どこにいたってきっと駆けつけてくれるだろう。拳もふるうだろう。そして太陽のように笑うんだ。僕らの上にある雲を払うんだ。
短くて温かい思い出だ。ロシウの表情に懐かしい色が走る。
まだ少年だった。あの人はとても大きくて、それを追いかけていく一回り小さい背中すら、自分より大きく見えたのだ。
その背中が、ここにある。僕はこの背中を支えたいんだ。
「・・・残念ですが、僕にはカミナさんのような行動力がありません。遠くから駆けつけなくてはいけないような事態には対処できません」
どこに居ても飛んで行ったり。仕事を置いて駆けつけたり。そういうことは、多分できない。自分の性格上、無理だということはわかっている。
だから、そのかわり。
「そんな事にならないよう・・・あなたの側を、けして離れないことにします」
時をおかず差し伸べる手になれるように。求められたその時に、あなたの目に耳になれるように。
はっと顔を上げて、こちらを見る。信じられないような表情。ああ、見開いた瞳は、やっぱり昔と変わりませんね。
「僕をあなたの補佐に、つけてください」
だってそれが一番簡単ですから。あなたの横に、堂々と立つためには。一度は断った願いを、こちらから口にするのは勇気が要ったけれども。
もう一度、シモンの顔は歪みそうになって。けれど今度は、顔をそらさなかった。瞬きを何度か繰り返した後、頬も唇も目も全て自然に動かして・・・笑った。
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やっと大体書きたいところまでたどり着けました・・・
次の章でどうやら終わりにできそうです。蛇足の第10章は一緒に上げた
かったのですが、今夜から忍者ブログがメンテらしいので、9章上げときます。
期間限定グレンラガンのカミシモ(シモン総受が信条)テキスト垂れ流しブログです。
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