「どうせ上から降ってくるなら、素敵なレディに降ってきて欲しかったよ」
ほら。来た来たアイラック節。二言目には必ずこれだ。レディがどうの美女がどうのと。年がら年中、女を追っかけ回している。というか、女と見れば手当たり次第に声をかける癖があるのだ、こいつは。
「ありえねーだろ!こんなところで女が降ってくるとか!」
「・・・親方ー空から女の子が降ってきたー」
「なんの話してるんだお前・・・」
やっぱりどっかネジが切れてるのかもしれない。俺のあきれ顔がツボにはまったか、ヤツは珍しく大笑いしている。たいがい、人を小馬鹿にしたような薄笑いか、女相手の時にだけ使う爽やかスマイルしか見せない男なのだが。
「まあ、女は降ってこないだろうが、キッドは降ってきたじゃないか」
「うるせー。ちょっと油断したんだっつうの」
大体お前は何でこんなところに居るんだよ!
恥ずかし紛れに問い返せば、ふっ、とキザ笑いをして(だからそれを止めろってんだ)指を立てる。
「お前と同じだ、トレーニング」
『地走り』なら毎日するのが基本なんだろう?今朝もおばさんに言ってたじゃないか。
忘れていたい事実だが、こいつの家は俺の家の隣なのだ。だから幼なじみで。その上、同じ『地走り』仲間だなんて。腐れ縁もここまで続くとため息も出ない。
「俺はお前みたいに、身軽に飛んだり跳ねたり出来ないもんでね」
あーはいはい、そりゃ嫌みですか。
俺は、ただでも鳥の巣みてえな自分の黄色い髪をぐしゃぐしゃかき回した。
確かに、身のこなしで俺に勝てるヤツはコイーガには居ない。それは断言できる。ただ、どうしてもこいつに勝てないことが一つだけあるのだ。
それは、走ること。
アイラックこそが村一番の俊足なのだ。この、女たらしで、ナルシストで、汗水垂らして努力を重ねるのとはまるで無縁、って顔した男が。『地走り』の仲間内でも、最大の謎とされている。
いったいどこにそんなバネがひそんでいるのか、こいつのスタートダッシュの速さときたら、天下一品の見物だ。ぐん、ぐん、と、まるで空気を漕いで行くかのようにスピードを上げる。自慢の長髪を後ろになびかせて、いっそ見ていて気持ちいいくらいに。その上、なよなよと細っこい体が功を奏すのか、意外にスタミナがあって速度が落ちない。つまり、走ることに関してはこれ以上は望めないくらいの能力を持っている。
餓鬼のころから、どんなに頑張ってもこいつには追いつけない。体を使う事なら、誰にも負けない自信があるのに。癪に障るってんだ。
「ああ、そうだキッド」
「あんだよ」
「明日の『地走り』、お前と組むことになったから」
「はあ?俺、キーモンと組むはずだっただろ?」
「腹壊したんだとさ」
「マジか・・・」
またお前と、かよー。ため息ついでに座り込む。腐れた縁も考えものだ。どうも俺は、仕事でもこいつと組まされる事が多い。別に不都合がある訳じゃないが、何でこうもしょっちゅう顔をあわさなけりゃならないのか、理解に苦しむ。
ぶーたれているこちらの気持ちを知ってか知らずか、アイラックは呑気に俺の肩をたたく。
「そう落ち込むものじゃない。俺たちが組んで失敗したことなんか一度もないだろう?」
「んな事は当たり前だ」
失敗なんかできっかよ。そんな事あったら、お袋に合わせる顔がねえ。あんだけ反対してたお袋に。
ふんっ、と鼻をふくらませて意気込んでいる俺に、おまえそれじゃ本当にサルみたいだ、とヤツはからかいやがる。それからちょっと改まって、
「・・・俊足の俺と、サルより敏捷なお前の組み合わせは最強だと思ってるんだけどな」
と、付け足した。
・・・こいつ、誉めてんだかけなしてんだかさっぱりわかんねえや。つうか、自分で「俊足」とか言うか?普通。そう思っても、最強なんて言われれば、悪い気がするはずもない。思わず弛みそうな顔を隠して、そっぽを向く。
俺だってわかっちゃ居る。確かにこいつと組んでの仕事はやりやすい。
この辺りに来るガンメンは大概二体一組でやってくる。虫みてえなヤツと、サルみてえなヤツ。スタートダッシュの効くアイラックが、まず一体の目を惹きつけて逃げる。ひっかかった一体が全速で追いかけてる間に、もう一体を俺が相手だ。うまく雑木の茂るあたりに誘い込んでやる。二体をばっちり引き離して、散々きりきり舞いさせてやったら、後は悠々適当に穴に戻る、ってわけ。
名コンビ、なんて呼ぶヤツらが居るのも知っている。つうか『地走り』仲間全員な。
「みんなが俺たちのこと何て言ってるか知ってるかい?」
頭の後ろで手を組んで。こっちに視線だけよこす。そういう流し目は女相手だけにしておけ。目を合わせないように、俺はますます向こうを向く羽目になる。
「知らねーよ」
「・・・旋風ブラザーズ」
「っ!何だそりゃああああ!」
だっせえぇ!何そのネーミング!何、俺たちいつの間にそんなコンビ名にされてんの?
噴きだした俺を見て、アイラックも首をそらして笑う。
「俺の美意識にも反するよ、そのネーミングは」
「誰が言い出したんだ?まとめ役か?おっさんだからな、あの人は」
「俺に聞いたって、わかるわけないだろう」
たぶん、と白鈍く光る天井を見上げながら、アイラックがつぶやく。
お前と組むと安心だからな。くるくる動いて、敵を翻弄するのがうまい。そんなお前の動きが旋風みたいだからじゃないか。
「馬っ鹿、それ言うなら、お前の方だろ?」
地下でも地上でも、何もかんも引き離して走っていく。それでいて、涼しい顔して、汗一つかかず。風だというなら、お前の方がよっぽどそうだ。誰も追いつけない、疾風。
気がつくと俺は手を振りながらそんな力説をしていた。はっとして隣を見やると、ヤツが俯いてくくっと声を押し殺すのが聞こえる。伊達男気取って立ててる襟が震えてるから、笑ってんのはわかるんだよこの野郎!
「てめえ、わざと言ったな!」
「心外だなあ、言ったことは本気だ。まさかこちらもそう誉めてもらえるとは思ってなかったけどね」
嬉しいよ、お前に評価されるなんて。笑ったせいで乱れた前髪を直しながら、腑抜けた笑顔で呟かれる。
こちとら、人の長所を認めないような器の小さい男じゃないんでね!言いやって、自然に尖ってしまうむくれ口を隠して後ろを向いたら、そうかそうかと頭をポンポン叩かれた。ちっくしょ。
「まあ、明日は旋風らしくがんばろうじゃないか」
まだ笑いを残して、立ち上がる。自慢のさらさらヘアーとやらをさっとかきあげて。
「・・・せいぜい走って、獣人なんかにつかまんじゃねーぞ」
俺の精一杯の悪態も、どこ吹く風だ。ひらひらと手を振られた。形の良い背中が去っていく。
全く。やっぱりお前の方が風だ。普段は女の話ばっかしてるくせに、いきなりわけわかんねーこと言って人をハメたり。かと思えばさらりと話をながしやがって。つかみ所がねえ。
あーあと天井を振り仰いで、そうは言っても、俺たちが組んだら最強、なんて言われた事が物凄く嬉しいのに気がついた。全く嫌になるな。あんなキザ男の口車に乗せられるなんて。
上等じゃねーか。明日は最強の名に恥じないキッドさまの技を見せてやる。
うっしゃあ!と気合いを入れて、石柱登りを再開する。明日ヘマするわけにはいかねーからな。訓練訓練。
入り組んだ鍾乳洞の奥へ奥へ。俺のかけ声はこだましながら吸い込まれていった。
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24話後の追悼の意味も込めまして、キッドアイラック妄想。
書いてて思った。私はアイ×キドですわ。
期間限定グレンラガンのカミシモ(シモン総受が信条)テキスト垂れ流しブログです。
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