4.
その後のことは、あまり思い出したくはない。
全てが目の前で終わって、それでも動くことができなかった。今にも踏み込んで掴みかかりたい(だが果たしてどちらに?)衝動が、体中を責めさいなんでいたのに。
覚えず歯を噛みしめてそれに耐えたのは、シモンを陵辱していた男が、相手が誰なのか知らないらしかったから。
事の終わりに男は、何かしら食料のようなものをシモンの脇に放り投げた。
「じゃ、おまえもせいぜい気付かれないようにテントに戻れよ」
また来週にでも頼むぜ。粘り着くような口調で。その内容から推測するに、シモンを外の難民キャンプの中の誰かだと勘違いしているのだろう。それならば、今自分が出て行って、事を公にするわけにはいかない。例えぎりぎりと歯が軋む心地がしたとしても。
男は、口元だけはまだ緩めたまま、外向きに開けられるハッチから、音もなく出て行く。
それを確認して------確認して、気を鎮めて。ドアを、開けた。
鎮まるわけがなかった。
開いてしまえばあまりにあからさまになる事後の現場。ごちゃごちゃと物の置かれている四角い部屋に、白い四肢が投げ出されている違和感。
壁を背に、ずるずると沈み込むようにして、シモンは座り込んでいる。細い体のところどころに、今の男がつけたらしき赤い鬱血。あるいはその前のもの?腰の周りには、先ほど抱え込まれていた手の跡。
気が、鎮まる、わけがない。
目隠しのままのシモンは、疲れたように首を一振りして、身体を起こそうとする。刹那。
「!・・・・・・誰だ!」
こちらの気配に気付いたのだろう、上半身が跳ねて起きる。
「・・・一晩に一人しか相手はしないって言ったはず-------------!!!」
続いた言葉があまりにも決定的すぎて、ロシウは制御を失った。目隠しを外そうとしていた手に掴みかかる。自分でもわかるぐらい、怒りで冷え切った手で、その手を壁にだんっ、と押しつけて。
「・・・・・・ここでいったい何をしていたんですか・・・?」
「・・・・・・・・・ロシウ」
「ここでいったい何をしていたんですかっっ!!」
細い血の気のない手は暫時抗おうとしたけれども、かくりと力が抜ける。まるで人形の手を掴んでいる気がした。そのくせ、余韻を残してその手は温かくて。
目隠しを取ればいい。取るべきだ。頭では解っていても、手が動かない。見たくない。今のシモンの顔を。目を。想像もつかない、表情を。それは、シモンも同じだっただろうか。今や全身を懶惰に投げ出している彼は動こうともしない。長い沈黙のあと、ため息とともに口を開く。
「・・・・・・自由恋愛、って言ったら信じる?」
「それは本気で言ってるんですか・・・?!」
「信じない?・・・・・・・じゃあ、性欲処理係」
投げやりな調子で。表情の見えないまま、唇だけが信じられない言葉を紡ぎ出す。
「今日相手してたやつだけじゃない。あれは新しい方」
常連はもっと居るよ。絶句するロシウの様子を感じ取ったように。薄く薄く唇がひき攣れて、笑いに似た形。本当に、本当に笑っているんですか。
怒りで目の前が真っ赤にくらむ。この人はいったい何を考えている?身元が割れていないからいいものを。責任ある地位にいて、皆の先頭に立つべき人が。いやもっと、もっとそれだけじゃない、何かを裏切られた気持ちなのだけれど。
叫ばずには居られなかった。
「それが・・・・・・それがリーダーのすることですか!!」
「じゃあリーダーのやる事ってなんだよ!?」
突然生気が注入された身体が、手を押しつけられたまま跳ね上がる。漂うのは手負いの獣が牙を剥く悲壮さ。食いつかんばかりに、目隠しの顔がロシウの眼前に突き出される。
「リーダーだから、ってみんなそう言って!いろんな顔で俺を見て!俺が何でも知っていると思うの?!なんにも・・・・・・なんにもわからないんだ!」
報告ばかりがやってきて。結果ばかりがやってきて。それを見て判断しろと言う。できあがったものにイエスかノーで答え、本当に正しいのかもわからないままに、了承、了解、ゴーサインを出して。みんながやっていることに間違いはないと信じている、けれど、自分はどこに向かっているのか。自分はみんなをどこに導くのか。なぜ導くのは自分なのか。そもそも自分は誰かを導きたかったのか?
「俺は何をするのが一番良いことなのかわからないのに!」
不意をついて、シモンの手がバネ仕掛けに弾ける。絞り出す叫びに気を取られていたロシウの手を振り払って、床に落ちていたマントを身体に巻き付ける。
「もう充分見ただろ?!・・・俺が何をしてるか、どんな人間か!」
もし俺をリーダーと呼ぶのなら、命令する。
「行け!今すぐここから出てけ!!」
マントの中に身体をぎゅうと押し縮めて。目隠しだけはいつまでも解かないまま。顔をうずめて、どんな表情ももう読み取れない。
「出て行ってくれ・・・・・・!」
最後に一押しする、くぐもった声。これ以上話しても無駄だと。
「・・・・・・わかりました」
本当は何もわかってはいないけれども。怒りで震える胸に、千切れそうなシモンの叫びが一滴の冷水を落とした。わからない、わからないけれども。このままココにいて、彼を追いつめるのは間違っていると頭のどこかが言っているから。
小さく小さく震えている身体。まだ青年というには発育が足りない肩の線。一瞬触れて労りたくなる手をおさえて、ロシウは立ち上がる。
灰色のドアがスライドして閉まる、寸前、背中の向こうで嗚咽を聞いた気がした。
期間限定グレンラガンのカミシモ(シモン総受が信条)テキスト垂れ流しブログです。
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