5.
大グレン団の誰もが心に傷を負った、雨の7日間。3年前のあの日から、何があろうと明けない夜はないと心に刻み込まれている。
それでも、今日という日の朝焼けは、重かった。
昨晩の出来事が棘になって皮膚の下に食い込んでいる。常から寝床を乱すことのないロシウだったが、今朝ばかりは皺の寄ったシーツの上で身体を起こした。
眠れなかった。寝返りばかりで一晩過ぎた。
のろのろと掛布をたたむ。寝台の端に腰掛ければ、ぞろりと見慣れた黒髪が肩から落ちる。ああ、自分の一部ですら鬱陶しい。いつも以上にぎりりと縛り付けて、身支度をすます。
今朝からの予定は何だっただろう。南の村から来た人々に、家畜飼育の現場を見せること。近隣の村への農耕用具の貸し出し。ああ、西側の用水路の調子が悪いという話もあった。他にも色々湧いてくるのだろう。いつもの一日と同じく。
違う。同じ、じゃない。同じで今日を済ませるわけにはいかない。
昨日刺さった棘がじくじくと痛む。シモンの振り絞るような叫びを。最後まで目を見ずに終わった夜を。理由を、知らなければ。僕が、僕たちが気づけなかった、シモンさんの闇の。
仕事は、どうしてもというところ以外は誰かに託す。やろうと思えば時間は作れるはずだ。シモンさんが会ってくれるかどうかは、わからないけれども。僕たちは、話さなくてはならない。埋めなくてはならない。あるいは僕たちの中にも存在しているかもしれない間隙を。
やることが決まりさえすれば、腹も据わる。びしりと頬をはたいて、ロシウは立ち上がる。まずは立ち向かうべき仕事の整理だ。
朝日はまだ、昇ったばかりだ。
昼の休みをぬって、ロシウは艦内に戻った。会おうとしている人物が、いつもどこにいるかは知っている。機関室だ。
シモンと話す事にむけて、誰かと話しておきたいと思ったのだ。今のままでは、まだ自分ひとりで彼に相対して、冷静でいられる自信がなかった。ロンさん。ロンさんなら。
リーロンは機関室とガンメン、その他あらゆるメカニック全般にわたる広範囲の管理・指導の役目を、レイテと組んで担っている。その恐るべき手腕には、誰もが賞賛の目を向ける。出張メンテナンスや会議で居ないこともあるが、それ以外なら機関室にいるはずだ。あそこならば元々馴染みがある。ロシウにも入りやすい。そして、何よりこの艦の中で最も古株であるリーロンならば、彼の事を腹を割って話せる。ほんの10分でも良いのだ。
頼みの綱を、と早足で階段を下りているさなか、懐かしい声が降ってきた。
「あら、ロシウ。そんなに急いでどこ行くの?」
「ロンさん!!」
縋りたかった綱が、目の前に落ちてきた。今何よりも嬉しい顔が、階段の上から手を振っている。相変わらずくねくねとしたその手の動きが、いっそ懐かしい。上から来たと言うことは、階上で報告会議があったのかもしれない。それならば、必ず席に居るはずのシモンの様子も聞ける。
「ロンさんに会いにいくところだったんです」
「まあ、嬉しいわ~。最近あなた、こっちの方はお見限りかと思ってたわよ」
本当に嬉しそうに笑ってくれたので、こちらも気持ちが少し明るくなる。ロンさんは前より綺麗になったかもしれない。今度そう言ったら喜ぶだろうか、と思いつつ、急いで本題を切り出す。
「ちょっと時間を取れますか。シモンさんの事なんですが・・・・・・」
「シモンの?・・・・・・ロシウも意外と早耳なのね」
顔が曇った。早耳?いったい何のことだろう。理解できずに階段の途中で固まっていると、あら違ったみたいね、と呟かれる。何かあったんですか、と聞き返す前にリーロンは素早く下りてくると顔をしかめて囁いた。
「シモンが、会議中に倒れたの」
驚きの叫びは一瞬早く片手で制される。
「安心しなさい。軽い貧血だったから。すぐ意識も取り戻したけど、休ませたわ」
医務室に入れるつもりだったけど、自室が良いと言うから、今帰らせたところ。多分疲労ね・・・・・・最近大きな議題が上がってきてたから。
「そう・・・ですか」
心底から安心のため息をつく。そんな様子を好ましげに横目にして、リーロンは続ける。
「私たち、ちょっとあの子に頼りすぎてたかも知れない。あなたもシモンも随分大きくなっちゃって、大人みたいな気がしてたのよね」
自分と背の近くなったロシウの肩をぽんぽんと叩きながら、リーロンの目はどこか遠くを見つめた。
昔なら、小さな部屋でみんなで戦略を練って、その場ですべてが伝わって、一つになれていたけれど。今は一を聞いて十を理解させるような、そんな事をシモンに強いている気がする。それがどれだけ彼の負担になっているのだろう。
「私はメカニック関係で時々しか会議に出ないから、はっきりとはわからないけれど」
少し前から気付いてはいたの。シモンの様子がおかしいって。疲れだけじゃない、お腹に何かため込んで居るみたいに。昔みたいに笑わなくなったのは成長の証、なーんて感傷的に考えてたわ。
肩にかかっていた手にふと力が入る。視線がつい、とロシウを捉える。
「・・・・・・ねえ、ロシウ。あの子にはあなたが必要なんじゃないかしら」
突然の発言に驚く。必要?僕が、なぜ?
女の勘だけどね、と和らげながら、だがこちらの見開いた目に合わせてくるリーロンの目は言葉以上に真剣だ。
「シモンはまだ戦ってるようなものだと思うの。今度は見える敵じゃない。人の心とか、未来への展望とか、うまく言えないんだけど」
集まってくる人々の望むこと。各地からやってくる指導者達の望むこと。団員たちの望むこと。そういうものとたった一人で向き合っている。まだ17の少年が。誰もしたことのないことをし続ける。それをこれからも望まれている。
「あの子に今必要なのは戦友」
シモンを一番理解して、ともに戦うことのできる者。前だけ向いて歩くことを強いられた彼の、後ろを守れる者。それは、
「あなたしかいないんじゃない?」
にっこりと笑って。一度断ってたって、問題ないと思うわよ、と付け足した。
初めて大々的な会議が開かれるとき、ロシウは確かにシモンから言われていたのだ。こういう事はどうも苦手だから、いっしょに来てくれないか、と。それは暗に補佐して欲しい、という事が含まれていると判断し、そして、その時彼は、それを辞退した。自分はその器では無い。何より、シモンの沽券に関わると思ったのだ。ダヤッカのような一目置かれる年長者、あるいはリーロンのような知者ならば、誰が見ても問題のない補佐と思うだろう。革命の立役者であるシモンはともかく、自分のような若輩が補佐の位置にいたならば、他の村の指導者達はどう思うか。同じ団員たちの中でも、後々しこりを残すようなことが起こるのではないか。そう思ったうえでの返答だった。
今思うとそれは、逃げ、だったのかもしれない。重責を負うことからの。自分には力がない、という表向きの謙遜を言い訳にして。戦いから、逃げた。一緒に戦ってくれないかと言われたのに。
一番の僕の------戦友に。
そう思ってみても、やはり戦友という言葉には、馴染めない。自分はまだシモンさんと対等に並べる自信はない。でも。彼が今必要としてくれるならば。
僕は、戦友にでも補佐にでもなろう。
背中を押してくれたのはロンさんの言葉。
駆け上がっていく背中を、リーロンが見送る。がんばんなさいよ。そう口が動いて。
「さー、あたしもまだまだがんばっちゃおうかしら?」
くるんと一回転して、仕事場へ降りていく姿は、いつも以上に楽しそうだった。
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・・・・・・え?あれ?まだ終わらない・・・
すいませんこれ何て拷問?自分で自分の首を絞めているとしか言いようがない。
だらだら続くテキストで本当にすみません!
書きすぎるのが悪い癖です。反省。
まだまだつづく。
期間限定グレンラガンのカミシモ(シモン総受が信条)テキスト垂れ流しブログです。
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