6.
息を切らしてたどり着いたシモンの寝室の前に、佇む人影があった。
出会ったときのように、美しく波打つ髪をして、その人は俯いている。きれいなきれいな横顔。
「ニアさん」
遠慮がちに声をかける。
「ロシウ・・・?」
ごきげんよう、と向いた笑顔は初めて見るものだった。いつも心のままの表情を見せる彼女の、作られた笑顔。それは作ったというには余りにも拙くて、痛々しい。
泣いて、いたんだ。
「入っちゃ駄目だ、って、言われました」
ほわんとした柔らかい声は、微かにヒビが入ったような響きをしていた。
「ごめん、会えないんだ、そう、言われました」
目縁から、すっ、と伝うもの。日の高い時間は薄暗いこの廊下で、一筋光ったもの。それでも笑みは崩さない。決壊寸前の表情で。
「でも、私の声に答えてはくれましたから。体の方はきっと心配ないです。だから・・・・・・安心しました」
健気、という言葉はこういう時に使うのだろう。拒絶の言葉を投げられて、なお相手の心配をする。ロシウには、彼女にかけてあげられる言葉を見つけることができなかった。日が少しだけ移動して、細い光の帯が窓から床に落ちている。
「私は、そろそろ戻ります。外のみなさんに食事を運ぶ時間ですし、ギミーとダリーも待ってくれていますから」
何気なく、細い人差し指が片目をぬぐって、いつもの顔に戻る。
ではごきげんよう、と一礼して、自分の来た方に去っていく彼女を見送るしかなく。
ロシウに見せたその背中は、しゃんとしていて、それ故に折れてしまいそうにさえ見えた。
正直、ニアも入れてもらえなかった部屋に、自分が入れるとは思っていなかった。まして昨日の今日である。だが、ロシウも覚悟を決めてここに来ていた。拒絶されようとも、シモンさんの顔を見て話すまでは、ここはてこでも動かない。
一分の隙もなく閉められてあるドア。立ちつくしていても仕方がない。こじ開ける最初の一歩として、インターホンに手をかける。
『・・・・・・誰?』
「僕です。ロシウです」
『・・・・・・』
「話が、したいんです。ここを開けてくれませんか」
しばらく返事はなかった。あたたかい午後の風が窓から吹き込んで、ぎゅっと結んできた髪の房を少し揺らすばかり。
さてどうしよう。強行突破できるほどこの部屋は柔な造りではない。次の手は・・・・・・
ドアに手をついて思案にくれかけた時、思いがけず目の前のそれがすっと開いた。あまり突然の事で、(情けないことに)つんのめるように室内へ躍り込む羽目になる。
片足でたたらを踏んで何とか踏みとどまる。後ろでドアはまた閉まり。ほんのりと、室内灯がついた。かなり光量は抑えめにしてある中で、ぼんやりと見える寝台。そこに、人の形がある。
「シモン、さん」
少し姿勢を正して。呼びかけながら、寝台に近づく。
体ごと壁の方を向いているので、顔は見えない。今は黒一色に見える髪は、手入れを怠っているのか昔より少し長く、枕の上へ軽く流れていた。こちらを向いてくれる気配はない。かまわず、手近の椅子を引き寄せ、寝台の傍らに腰を据えた。立って威圧するような形で、話をしたくなかった。目線を同じにしたかった。
「・・・・・・ニアさんが、泣いていました」
どう切り出そうか考えていたはずなのに、やはりうまく出てこない。つい、先ほどの光景を口にしてしまう。伝えておかなければならないような気がしたから。
「・・・ニアには、合わせる顔がないから」
密やかに息を吐く音が聞こえ、言葉がこぼれてくる。
ニアに会ったら、きっと俺はすべてを吐き出してしまうから。たとえ自分から話さなくても、ニアには隠せない。向き合ってしまったら彼女は、俺の心を読み取ってしまうだろう。全身全霊で受け取ってしまうだろう。だから。
「だから、ずっと避けていたんですか」
微かに、頷く動きが見えた。
この人は、命綱を手放したんだ。ふいにそんなイメージが浮かぶ。ありのままのシモンをいつも受け止めていた彼女を、遠ざけること。それは彼の生命線を奪うのに等しい。
「・・シモンさん。こんな事を言うのはおこがましいかもしれません」
ニアにも話せなかったこと。彼女にさえ隠した、あなたの弱い部分を見せて欲しいと。そんな事を言える立場ではないかもしれないけれども。
「最初から、話してもらえませんか」
昨日の事、これまでの事。あなたが何を感じ、何がそうさせたのか。
「僕はニアさんではありません。・・・傷つける心配は無用です」
あなたが支えにし、同時に守りたいと思っているあの人とは違うのだから。
「それに、僕はもう見てしまいましたから。これ以上驚いたり悲しんだりするような事はありません」
ほんの少し、少しだけ、本音は違う。ただ、何を聞いても驚かないと決めて来た。そうすることで、シモンさんが話しやすくなるならば。あえて昨日の事にも、何でもないように触れる。
「僕に、話してみませんか」
何でもないことのように。
無音の時間が流れる。決してこちらを向かない彼の、表情を量ることはできない。依然として背中はこわばったまま動かなかったが、一つのため息のあと、小さな声が聞こえてきた。
「・・・・・・螺旋王を・・・ロージェノムを倒してからしばらくは・・・何も変わりはなかった。俺は俺ができる精一杯のことをしたかった。しようと思っていた。ここに集まってくる人はみな仲間だと思った。大グレン団の一員なら、俺が絶対に守らなきゃいけないとずっと思っていたんだ」
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