始まりは、ごくささいなことの積み重ねだったと思う。
リーダーという、自分の立場。みんなを引っ張っていく力として。目的へ進む。前へ前へ進む。そんな風に、思っていた。漠然と。
最初の1年は、何も考えなくて良かった。こちらが何かしなくても、助力を求めてやってくるもの、明確な依頼、そういうものに対応していくだけで面白いように月日が過ぎた。できるかぎりの助けを。ガンメンを派遣し、わかるかぎりの地上の知識を広める。こちらも、情報集めに精を出して。リットナーのように地上に出て抗戦していた村人たちと連絡を取る。村同士のネットワークを築いて、地上での食料調達方法や、食料自給方法について、生活について、情報を交換し合う。そんな事に忙殺された。
でも。それで終わりじゃ、なかった。
人々はつぎつぎとこのダイグレンを目指して集まってくる。難民はもちろん、そうでないものも。彼らは何を求めてやってくるのか?自分たちの村もあるのに。でも、その時はそんなことを考える余裕もなかった。俺はただ、持ってこられる報告を読み、口頭で述べられる意見や要望に耳を傾け、無い知恵をしぼって判断して彼らにも指示を出した。もちろん、俺一人だけで考えるわけじゃない。もっと経験豊かな大人、リーロンやダヤッカや、村を治める立場の人々、みんな協力してくれた。
そう、いつの頃からか。俺はだんだん把握しきれなくなっていた。今ここに、どれだけの、どんな人間が集まっているのか。人が増えるにつれて、新しい部署がどんどん作られ、仕事は細分化されていく。俺は各部署から報告を受けては指示を出す。でもわからなくなってきていたんだ。いったい、俺の声はどこまで届いているんだろう。そしてみんなの声がちゃんと俺に届けられているのかどうか。俺の出した指示は本当に正しいのか?それはみんなが本当に求めている事なのか?
自分のやるべき事がどんどんわからなくなっていた。それでも機械的に日々が過ぎていく。
俺は立ち止まって考えようとしては、やめた。考えるのが恐くなったのだ。この日々には、到達地点がない。良かれと思うことをその時その時やってはいたけれど、いつまでたっても先が見えない。それが、とても、恐ろしかった。
元々の大グレン団のみんなも、ニアも。それぞれ受け持つ仕事を一生懸命こなしている。その延長線上に俺がいて、みんなを動かしているという実感すら湧かなくなった。
そして、ただただ集まってくる人達。彼らの視線が、俺を怯えさせた。
彼らは明確に何を請うでもない。でも、不思議な熱狂をもってここに集まってくる。ここに------俺に、無言で何かを求めている。何か、自分たちを突き動かしてくれるものを期待している。その、言葉のない、圧力と熱。
夜になると、朝が来るのがこわかった。寝付かれず、艦内をうろうろ歩き回ることが増えた。そのうち艦の外まで出歩くようになった。気が付けば、難民キャンプの辺りに行くのが、日課になっていた。自己満足も甚だしいけれど、少なくともそこは、自分の指示した事が目に見える良い形になっている場所だったから。そこで聞こえる静かな寝息や話し声だけが、俺を安らげてくれたんだ。
そんな時だった。不穏な声を聞いたのは。
たどり着いた時から、違和感は感じていた。静かなキャンプの周りから、いつにない匂いがただよってくる。ここではあり得ない、俺にだって強すぎる、くらくらするアルコールの匂い。俺が良く歩き回るコースの途中、ごろごろと岩のある場所。そこに3,4人の男達が集まっているらしかった。酔っぱらい特有の、妙に張り出した声が聞こえる。
「・・・あーもーこんな楽しみもねーとこじゃ、持てあましてしかたねえんだよお」
「わーかってるわーかってるって。だからここまで来たんだろぉが?」
最初は、整備士かガンメン乗りが深酒をして散歩にでも出ているのかと思った。あのあたりの人達は、気は良いけれど豪快すぎるところがあって、良く酒盛りをしていると聞いていたからだ。声はむしろ楽しそうにも聞こえたし、迷っているなら道案内した方が良いかも知れない。そう思って何気なく近づいていった。
「でぇ?ほんとに上手く行くんだろうな」
「大丈夫大丈夫!ここのやつら、みんな弱ってるからな。ちっと金か食い物やって、言うこときかねえんなら一発なぐってやりゃあ黙る」
「子持ち女でも良いし、場合によっちゃあ親のねえ子供の方が楽だし面白ぇ」
どくん、と。
胸からひとつ音がした。俺の、足が。動かすことができなくなる。
この人達は。この人達が言っていることは。
むせるような蒸留酒の香りに混じって、岩陰の男達の体臭が急にこちらまで漂ってくる。油染みた獣皮のようだ。
ぎらぎらと欲に染まった声がまた耳を打つ。ああ、俺は聞いたことがある。こんな声を。もう遙か昔のように思っていたけれど、こんなにも鮮明に思い出せる。
深い穴の中で。俺を捕まえる人達はいつも、同じような声をしていた。
「俺、経験があったから」
こんなことを話したらロシウはどう思うだろう。話しながら今や寝台に体を起こしているシモンだったが、相変わらず目は伏せている。こちらの顔が余り見られずにすむかわりに、ロシウの表情も見ることができない。
俺の村は地震が多かったから。母親を亡くす子供がいるなら、同じように恋人や奥さんをなくす人も多くて。
「かわりに子供を相手にするやつもけっこういてさ」
それも、庇護する大人のいない孤児をねらう。後腐れもないし、黙らせるのも簡単だ。暴力があれば、いくらでも。
「俺は格好の相手だった。孤児で話し下手で、その上村長に気に入られていて。誰より美味い肉を食べていたから。俺なら、八つ当たりと欲求のはけ口、どっちも満たせるってわけ」
聞いているロシウが身動ぎする気配を感じて、シモンは体を固くする。やっぱり、こんなこと話すべきではなかった。けれども。
「・・・僕の村も、ありましたよ」
そう口をひらいたので、びくりとする。
「シモンさんもご存じの通り・・・・・・アダイは定数制の村でしたから」
婚姻以外での性行為は厳罰だった。もちろん、人口抑制のためだ。
ため息のようにロシウは笑う。
「考えることはみな同じ、です。狙われるのはもっぱら孤児の、それも男の子ばかりです。僕は・・・未遂まで、ですね。今思えば、司祭様が守って下さっていたんだと思います。それでも」
アダイの戒律では、禁止されているのは男女間の性行為だけではない。相手が同性であろうと、性行為自体が禁じられている。司祭と同行している際に、まさにその現場をおさえたこともあった。その場での司祭の叱責はとても厳しいものだったけれども。
「男女の場合は、そのあと厳しい罰がありました。同性であった場合の多くは・・・注意を受けるだけでした」
事実上黙認されていたのだ。
司祭様はわかっていたのだろう。闇雲に欲を押さえ込めば、いつか大きな反動が起こる。それでも、人口だけは守って行かなくてはならない。村の存続のため、代償行為はいたしかたない、と。
「歪んで、いましたね」
「・・・人が地下に、ずっと住んでいたのがいけなかったのかな」
本来人間は、この地上で暮らしていたという。壁も天井もない場所、太陽の光をいっぱいに浴びて。そんな生き物が暗い地下に閉じこめられて、数百年も過ごす内に何かしら歪んでいったのだろうか。
逸れた話を戻すように、シモンは掛布の端に視線を変える。
「でもここだって同じだ。結局あの時のあいつらは、難民の弱みにつけこもうとしてた」
帰る村を失い、精神的に弱っている者たち。その中でもさらに無防備な、保護者の居ない者。俺が、真っ先に守らねばならない人々。
後先を考えず、俺はその男達に声をかけた。大グレン団のリーダーがなぜこんな時間にここにいるか、とか、面倒な質問を受けるかも知れないことなど、頭になかった。俺の立場なら、この人達を止められる、どこかでそう思ったんだろう。浅はかにも。
ぎょっとして振り返った彼らは------俺の事が、わからないらしかった。
期間限定グレンラガンのカミシモ(シモン総受が信条)テキスト垂れ流しブログです。
鉄は熱い内に打て!
Powered by "Samurai Factory"