「さいきん、おれのうちにいろいろ持ってきてたのは、お前か?」
やさしいしゃべり方は、あまりしたことがありません。でもカミナくんはできるだけしずかに、やわらかく話すようどりょくしました。まったく今のシモンくんは、ちょっとでもしげきすると逃げ出してしまう小さな動物のようです。
どりょくは通じたのでしょうか。シモンくんは何とかカミナくんの顔をみながら、こくん、とうなずきました。
「なんでだ?なんでそんなことしてた?」
カミナくん、つい問いつめるような聞きかたをしてしまいます。お礼を言いたい気もちももちろんあったのですが、やっぱりりゆうの方が気になってしかたなかったのです。カミナくんとシモンくんは同じこじ(お父さんお母さんがいないことです)でしたが、今まではほとんど話をしたことはなかったのですから。
そんな聞きかたをしたら、あんのじょう、シモンくんの口がはんしゃてきにごめんなさい、と言いかけます。
「だからあやまるんじゃねえ!!」
だーもうっ、と、さけんでしまってからカミナくんはじぶんの頭をぐしゃぐしゃかきまわしました。どうしたらこの小さな口をひらかせることができるのでしょう。シモンくんはシモンくんで、そんなカミナくんを見てどうしたら良いかわからないようすです。ちょっとうしろに下がりかけて、かべにぴたりと背をつけると、きもちがすこしおちついたのでしょう。口がゆるゆると動きはじめました。
「お・・れ・・、かってに・・・家にはいっ・・・たりして・・・」
しぼり出されるようなかすかな、こえ。そのあとにつづく、「ごめんなさい」、の「ご」まで言いかけて、シモンくんはあわてて口をとじます。またおこられると思ったからです。言いかけては口よどんでしまうシモンくんにじれてしまい、カミナくんも頭をしぼって口火をきります。
「・・・家にはいるのなんて、べつにおこっちゃいねぇ。おまえが、まいにち食いものをもってきてくれて、おれぁ、その・・・・・・たすかってたぜ?」
礼を言わなければ、なんて思っていたわりに、あらたまって人にお礼を言ったことがなかったカミナくんです。こんなことを言うだけでも少し照れました。視線が下にむきがちだったシモンくんも、はっと顔を上げます。いっしゅん、とてもうれしそうな色が、ぱあぁっとはしりました。思わずカミナくんが見とれてしまうくらいに。
「食いものだけじゃねぇ。薬とか・・ほかのもんだって、なんだ、その、あー・・・・・・う、うれしかったぞ」
かいまみたシモンくんの笑顔に、なんだかどうようしてしまいます。いっしゅんではありましたが、そんなあけすけな好意をむけられたことなんか、カミナくんにはなかったのです。いやいや、そんなことよりも聞かなくてはならないことがありました。カミナくんはこっそり深呼吸して、問いかけます。
「ただ、肉はもちろんだし、ほかのものも、なんか、大事なもんだろ。なんで、おれにくれるのか、わかんなかったんだ。じまんじゃねぇが、おれはだれかがありがたがるようなこと、したことなんか・・・」
とつぜんシモンくんが、ものすごいいきおいで首を横に振りました。
「ちがう、よ!おれ・・・おれ、には!」
シモンくんのなかで何かがはじけました。せきを切ったように話し出します。
「おれ、聞いたんだ・・・カミナが、みんなと、話してるの。みんな、おれのこと・・き、汚いとか、村長のごきげんとり、とか、ほかにもいっぱい・・・言ってて・・・そんなの、おれは、もうなれっこだったけど・・・カミナが、カミナだけが」
『穴ほって住んでんだから汚ぇのはみんないっしょだろ。仕事ができるやつがほめられるのも当たり前だしな。良く知りもしねぇで汚ぇだのなんだの言うんじゃねぇや。胸くそ悪ぃ!』
「お、まえ、そんな事で」
1か月も毎日おれに肉やら薬やらとどけてたのか?
「そんな事、じゃ、ない!おれ、すごくうれしかった・・・!」
シモンくんがお父さんとお母さんをなくしてすぐは、声をかけてくれる人は何人かいました。でも村長さんにひきとられてしまってからは、みんなもう自分のことではないと思うのでしょう。見向きをしてくれなくなってしまいました。
シモンくんは、めんどうを見てくれる村長さんをけっしてきらってはいません。ただ、言いつけどおりにはたらけばはたらくほど、みんなにはばかにされて、仲間はずれになっていくのです。仕事場を出れば、知らない人まで「穴掘りシモン」とよんできて、からかわれたり、さけられたり。
「みんなみんな、おれの事なんかきらいなんだ、って思ってたから・・・」
まだ7歳のシモンくんが、毎日毎日、じぶんをきずつけてくることばにさらされてすごしていたのです。そんなふうに考えるようになるのはあたりまえです。
そんなシモンくんの気もちは、カミナくんにも少しわかります。カミナくんのお父さんは、村のてんじょうよりずっとずっと上のせかい、『地上』というせかいへたびに出ているのです。でも、村長さんをはじめとする村のおとなのひとたちは、だれもそれを信じてくれません。
「地上なんてものはない!」と村長さんは言います。せかいはこの土の中にしかなくて、生きる場所はこの村しかないのだ、と。そして、お父さんのことをウソつきだ、と言うのです。カミナくんが地上のことを話せば話すほど、みんなはカミナくんをばかにしました。そのたびにあばれたりけんかをしたりしたおかげで、カミナくんはふだ付きのわるい子とおとなたちに思われるようになったのです。
カミナくんはカミナくんで、そんなおとなたちをこころのそこで信じなくなりました。それならそれで、もっとわるい子になってやろうと思ったのです。そして、はやく大きくなって、自分もお父さんのあとを追って地上に行くと決めていました。そうしておれが、地上があることをしょうめいしてやる!そう思っていました。
シモンくんは、すわって聞いてくれているカミナくんを申し訳なさそうに見やります。
「うれしくて、でもどうしたらいいかわからなくて」
シモンくんはカミナくんとこれまでお話したことがありません。それに、いま言ったことを自分が聞いているなんて、思いもしないだろう、とシモンくんは思いました。うれしいきもち、ありがとうというきもち、つたえたいけれど、ことばであらわすのはむずかしそうです。そしてやっぱり、じしんもなかったのです。ああは言ってくれたけれど、ほんとうにじぶんがカミナくんのところに行ったら、もしかしたらいやがられるかもしれない。もしそうなったら、かなしすぎます。
だから、シモンくんは、わからないようにこっそりおんがえしをしようと思いました。何か、はわからないけれど、役に立てることがあったら、かならずやろう。そう決めて。
そんなとき、カミナくんがブタモグラを逃がしてごはん抜きになったことを聞いたのです。シモンくんは穴ほりをいつもの倍の早さで終わらせると、村長さんからごほうびのステーキをもらって、飛び出していったのでした。
「そう・・・か・・・」
カミナくんは、ことばもなく目の前の小さい男の子を見つめました。自分よりもずっと細くて小さな手足。でもほんとうは自分なんかよりずっと役に立つ、つよい手足を。この手でほり出した、見つけ出したものを、おれなんかのために、おれのたったひとことのために、毎日、やすみなくとどけてくれていたんだ。
せまいよこ穴のかべを、カミナくんのこぶしがどすん、とたたきました。なんだかむねがくるしくなったのです。うれしいのと、なさけないのと、どうしてか、せつないのと。自分のことを思ってくれる人がいたこと、それがうれしかったのです。でもそれにずっと気づかずに、ただただ受け取っていたこと、それがなさけなかったのです。せつないのは・・・良くわかりません。いろんなかんじょうがまざりあっている気がしました。
カミナくんのこぶしの音におどろいて、シモンくんは目を見ひらいてかたまっています。やっぱりおれのしたことはめいわくだっただろうか。そう思って泣きそうになったときです。
かべにつけていたこぶしがゆっくりと離れて、シモンくんの手をとりました。
「・・・・・・ありがとうな、シモン」
まっすぐにシモンくんを見つめて、カミナくんが言いました。
「おまえがくれたもの・・・ぜんぶぜんぶ、うれしかった。いつもたのしみにしてた」
でも。
「もう、これからはいらない」
シモンくんのむねがどくりとはねて、なみだがこみあげてきます。ああ、やっぱり、おれはよけいなことをしてたんだ。おれはだめなやつなんだ。なみだの大きな玉がこぼれおちそうになります。するとカミナくんが、にかっ、と笑いました。
「これからは、とどけるんじゃなくて、おまえがちょくせつおれに見せてくれよ。・・・・・・・あのな、おれたち、」
ともだちに、とカミナくんは言いたかったのですが、なんだか恥ずかしくて口がうごきません。ともだちなんて、つくったことがなかったからです。
けっきょく、苦しまぎれに出てきたのは。
「おれたち、兄弟にならねぇか?」
おまえはおれより年下なんだし。ふたりとも、おやもいないんだ。
「ほんとの兄弟じゃねぇけど・・・・うー、なんていうかな。こころの、兄弟だ。・・・なんかちがうな。ええと・・・」
シモンくんの右手をとりながら、カミナくんは下を向いてうー、とかあー、とか言って考えています。と、わかった!と大声をあげました。
「たましいだ!たましいの兄弟になろうぜ!」
カミナくんは、これでびしっと決めたつもりでしたが。
手をとられてから、いちぶしじゅうを呆けたように見つめていたシモンくんは・・・笑い出してしまいました。
「!なんだよー!なに笑ってンだ!」
「だって・・・ごめん、カミナ・・・でも・・・っなんかおかしくて」
笑うなよなぁ!とカミナくんがシモンくんをかるくこづきます。右手ははなさないままです。
こんな何気ないしぐさをうけることがうれしくて、シモンくんは笑いながらちょっぴり泣いてしまいました。こんなふうに、手をとられたりするのは、一体いつ以来でしょう。あたたかくて、ほこらしくて。泣き笑いしながら、大きな手をぎゅうとにぎりました。その力にきづいたカミナくんも、ぎゅ、っとにぎりかえします。
「よーし、今日からおれはおまえのあにき分だ!なんかあったらおれに言え!おれがなんとかしてやる!」
カミナくんは空いている手で、どん!、とじぶんのむねをたたきました。ほんとうに、こいつのためならなんでもしてやろう、そういう気もちになっていたのです。そんなカミナくんを見て、シモンくんも力づよく「うん!」とうなずきます。ふたりのむねは、どちらもおなじぐらい、あたたかいもので満たされていました。
穴のむこう、ずっととおくのほうで足音が聞こえます。
「・・・やべぇ、村長が見回りしてるぞ・・・!見つかんねぇように帰れるかな・・・」
カミナくんもシモンくんも、夜そとに出ない、という村のきまりをやぶっています。みつかったらまたごはん抜きか、こんどはろうやにでも入れられるかもしれません。自分はともかく、シモンくんをそんな目に合わせるわけにはいきません。
よこ穴のなか、身をよせあってふたりでじっと耳をすませていると、足音はまたとおくに去っていきました。ふーっ、とどうじに長いため息をついて、顔をみあわせて、また笑います。
「よし、今の内にでるぞー!」
「・・・あのさ、カミナ。おれのへやに来たらどうかな?ここからだとカミナのへやはとおいよね」
「お!良いのか、シモン」
「おれのへや、ここから一番近いところだもん。それに、自分で広げたからふたりで寝たってだいじょうぶ、よゆうはいっぱいあるよ」
小さなシモンくんの右手が、カミナくんの手をひきます。あかりの落ちた村を、しのびあしで、でもくすくす笑いをこらえながら、ふたりは歩いていくのです。
初めてできたともだち------兄弟と、ないしょの夜の外出と。
うれしくてたまらないふたりは、今夜眠れるでしょうか。ひとばん中おしゃべりをするかもしれません。
月も星もない、ジーハ村の夜。ひそひそとしたふたりの声が、いつまでも、つづいていました。
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スライディング土下座ー!
また子カミナ子シモンかよ!もう絵本ぽいタイトルにする意味もないよ!
でも書きたかったので書いてしまいました。出会い遍、ということで。
期間限定グレンラガンのカミシモ(シモン総受が信条)テキスト垂れ流しブログです。
鉄は熱い内に打て!
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