「シモン総司令、それは・・・?」
日がな一日、紙の山の減ったことのない、総司令のデスク。その堆き白い山の陰、見慣れぬ物体。
朝一番の申請書類の束を届けに、執務室に入ってきたロシウに早速見つかった。とても暑い日の始まりに。
「気づいたか。何に見える?」
聞かれた当の本人は、喜々としてその物体を見せてくる。空調は十分効かせているというのに、暑そうに袖をまくり上げた、白い腕。
「・・・ムラサキタマゴの実と、ナガゴリウリ、に、見えますが」
なぜ総司令の机に野菜が置いてあるのか。ロシウには理解ができなかった。シモンが持ち上げて見せたのは、ころんと丸っこい濃紫の実と、細長くごつごつ棘のある緑の実。どちらもこの季節にとれる野菜だ。瑞々しい旬の実は、朝の光に映えて、食欲を誘う。塩をふったら美味しいだろう、とは思うが、珍しいものではない。
「なんだよ、補佐官は夢がないなあ」
茶化してわざと役職で呼ぶ。(普段はいくら言っても名前でしか呼ばないのに!)良く見ろよ、と突きつけてくるので受け取った。小さな野菜には、それぞれ四本、中指ほどの木の棒が刺さっていた。それらを支えに、立たせる事ができるような形だ。
「野菜の・・・人形・・・ですか?」
「そうそう!人形って言うか動物なんだけど」
返された野菜の動物を手にすると、にこにこしながら動かしてみせられた。動物、というにはあまりに抽象的なそれに、ロシウは困惑を隠せない。
それにしても総司令は子供のように無邪気だ。
「ご自分で作ったんですか?」
昔から手先の器用なシモンが作ったにしては、簡単な造りに過ぎる。
「もらったんだよ」
昨日、ホーニン諸島から式典の打ち合わせに来てた人がいたろ?
「ああ、シティ創立記念日の花火の・・・」
ホーニンは東の海にある小さな島の集まりだ。面積としては小さいところだが、かつて地上に名を馳せるほど栄えた都があったらしい。地下に大規模な火薬庫を擁していたことが地上解放後にわかり、今では新政府の軍備関係において、重要な取引先となっている。
火薬の利用法はそれだけにとどまらず。ホーニンの職人達は眠っていた太古の文書を紐解いて、「花火」という娯楽を現代に復活させた。夜の暗い空に、光の花を咲かせるという驚異的な技術である。その絢爛な技は瞬く間に世界に名をとどろかし、祝典などに引っ張りだことなっているのだ。
いわんや世界の中心都市であるカミナシティにおいてをや。新しもの好き、派手なもの好きのシティ住人達は、事あるごとに花火を打ち上げることを好んだ。
「オレは単純にきれいだから好き。毎年みんながびっくりするようなのを見せたいと思うよ」
そう明言しているから、ロシウは花火の事だけはシモンにまるまる任せている。昨日は、打ち上げ職人と二人で、式典で上げる花火のプログラムについて話し合っていたはずだ。
窓からの日光が良く当たる場所に人形を動かしながら、シモンが続ける。
「帰りがけに、あんまり大きい荷物をもってるからさ」
何気なく中身を聞いたんだ。そうしたら見せてくれた袋には、野菜が山ほど入っていて。シティに住んでる親戚におみやげだって。
確かに、ムラサキタマゴとナガゴリウリはホーニンの名産だ。ホーニンは、カミナシティよりもずっと季節の境目がはっきりしている。今は一番暑い時期。この時期だけに採れる、夏野菜と呼ばれる水気の多い野菜を出荷している。
「おみやげにしても多いなあ、と思ってたら、これを作って教えてくれた」
これ、と言ってシモンは少し目を細めながら二つの人形を見つめる。
「ナガゴリウリはウマシカ、ムラサキタマゴはカメアシウシのつもりで見るんだ」
ホーニンの夏の行事。亡くなった人の魂を迎える祭。
「親族や親しかった人の魂がね。ホーニンではこの時期だけ帰ってくるって信じられてる」
生者の世界に帰ってくるときは、ウマシカに乗って飛ぶように早く来てくれるように。死者の世界に戻るときは、カメアシウシでできるだけゆっくり戻ってもらうように。
そんな願いで、二つの動物を野菜で模して飾る。
その行事に使うので、多めに持ってきたんです。よろしければ、総司令も一組どうぞ------
「面白いよな。場所によっていろんな風習があって」
でも、死んだ人が一年に一回帰ってくるていうのは、なかなか良い考えだと思う。
どこか遠くを見る目で。シモンは目の前の二つの人形をなでる。
日差しの強くなってきた窓の外は、うっすらとした雲ばかり流れている。眼下のシティの日よけにもならなそうだ。
「・・・アニキも、今頃どこかに帰ってきてるかな」
日差しからウマシカ人形をかたり、と押しやりながら、こぼれてきた言葉。
こっそりと、ロシウはため息をつかざるを得ない。きっとそうだろうと思っていたから。自分ですら、この話を聞きながら思い出してしまったのは、彼の事。一瞬の花火のように散った------そしておそらく花火が夜空に残す残像よりも鮮やかに、シモンの心に焼き付いている------都の名前の主。カミナ。
「・・・確かに、ウマシカは似合いますね、カミナさんなら」
ウマシカは盲目のように走る。地上の動物では十指に入る俊足だが、ウマシカ自身その速さを制御できず、しょっちゅう何かにぶつかりながら生きている。
「ただ、帰りもウマシカに乗っていってしまいそうですけれど」
カメアシウシなんて、ちんたらしたもんに乗ってられっかよ!
そんな台詞が聞こえてきそうだ。
それを伝えたら、確かにそうだよね、とシモンは笑い出した。その笑いは、新都の長になってから久しく見せなかったような、心からのものに見えて------ロシウの胸を針のようにかすめるものがある。
ちくりとした痛みには気づかぬふり。手に持っていた書類を今更そろえだした。そうして一つ咳払い。そろそろ仕事にかかってもらわなければならない。
夢見る人のしぐさで人形を弄んでいたシモンが、ぴくり、と手を引っ込めた。もちろん、咳払いの主意に気が付いたのだ。こちらもわざとらしく咳払いを返す。執務室の朝、良くある光景。
こうしてつつがなく、一日の業務の始まり。静かな部屋に、総司令のペンの音だけが流れる。先ほどの懐かしい笑顔は、ぬぐわれたように去っていて。
それが嬉しいのか悲しいのかわからないまま、ロシウは次の業務へと、足早に部屋を出た。
・・・やっぱり、悲しいのかもしれなかった。
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