10.
「今日、みんなに集まってもらったのは、以前から上がっていた議題の件だ」
会議室の上座に座るのはシモン。その脇に、当然のようにロシウは立つ。艦長補佐という役割を果たすため。
主立った人々への根回しは済んでいる。リーロンに全てを頼んであった。あの後、シモンの私室から下がってその事を伝えに行くと、何もかもわかっていたというように、彼は二つ返事でその面倒な仕事を引き受けてくれた。古参の団員は大丈夫だと思うから、そう面倒でもないわよ、と言ってくれたけれど。
今日は補佐官としての披露目と、そして大きな初仕事。これからシモンは、大グレン団とそこに集まってきた人々全ての夢を引き受けるための第一歩を進める。
。
シモンの体調回復を待って(それはすぐだった)、二人で何度も話し合った。自分たちの望むものは何か。地下暮らしを余儀なくされて、何百年と過ごしてきた、人々が地上に求めるものを考えるために。
「天井のない場所に、村を作りたい。明日の心配をしなくていいような場所を作りたい」
地震も天災も恐くない、安心できる場所を。家族といつまでも暮らせるような場所を。弱い者が理由なく虐げられる事のない場所を。
「飢えのない場所を作りたいです。飢えや貧しさに縛られることなく、やりたいことをやれる場所を」
後は・・・
司祭の顔が胸に過ぎる。それが、目の前で真剣に未来を語るシモンの顔と重なった。ああそうだ、僕が望むことはもう一つ。統率者が、心から血を流す必要のない場所を。
そんな場所こそが、きっとみなの夢を集める受け皿になれるだろうと。
「・・・俺はテッペリンの跡地を使って、『街』を作りたいと思っている」
会議室の空気がざわ、と動いた。
会議に以前からかけられていたのは、瓦礫の整理も終わったテッペリン跡地の利用法。工場の様に使ったらどうかという意見。忌まわしい場所として更地にすべき、という意見もあった。しかし地下に暮らす事が常識だった人々は、そこに新しく居を構えるという発想までなかなか至ることができなかったのだ。
村よりもずっと大きな集合地を、『街』というのだということはリーロンに教わった。二人だけの話し合いは発展し、大グレン団幹部と共にさらに練り直された。そこで、地上に初めてできる人間の住む街として、この地が理想的だという結論に至るのに、さして時間はかからなかった。テッペリンは元々が獣人たちの都。失われていた古代人類の叡智が集められている場所でもある。まだ完全に調査が終わったわけではないが、人々が今よりも飛躍的に進歩できる施設が揃っていることは把握済みだ。
「では、手元の資料を見ていただけますか」
ロシウの発言と共に、大量の紙が配られていく。昨日まで徹夜で仕上げた資料が、みなの手元に届いていくのを見ていると武者震いがした。街全体の建設計画。法整備。上下水道、電力供給について、戸籍・・・恐ろしいくらいの情報量が、そこに込められている。数多ある村々の政のそれぞれ良いところを参考にし、足りないところは手を加え、想定できる範囲の事態全てに対応できるよう作り上げた計画表。まだまだ改良の余地はあるに違いないが、これが自分たちの今提出できる最良であり、最初の一歩。
主立った村の長たちや、難民グループの代表達、そして古参の団員達がみな一様に、真剣さと初めて見るものに対する困惑のおり混ざった顔で資料を眺めている。三年たって識字率はかなり上がっているものの、全員が全員、文字に精通しているわけではない。それを考慮して絵や記号を使いわかりやすくしてはあるが、言葉による説明がもちろん必要だろう。
「質問がありましたら、どんどんお願いします」
想定問答も考えてある。どんな質問でも的確に答える自信はある。それでも、会議室に上がる第一声を、シモンもロシウも身を固くして待っていた。
ところに。
「・・・遅れて申し訳ありません」
静けさを破って、柔らかい声が響いた。一瞬、みなの注意がそちらに逸れる。会議室のドアを静かに開けて入ってきたのは、ニアだった。
「大事なお話と聞いていたのに、遅くなってしまって」
珍しく息を切らせているニアは、まだエプロンをかけたままだ。髪も無造作に一つにくくってある。難民キャンプの仕事を急いで抜け出してきたのだろう。満場を見渡し、皆の視線が自分に集中しているのに気づくと、いつものようににっこり笑って「ごきげんよう、みなさん」と返した。その間合いとほわほわした声音に、一同の力が抜けるのが分かる。
自分自身の気も抜けていくのを感じながら、その声が緊張を解いてくれたことをロシウは密かに感謝した。やはりニアの存在と雰囲気は、大事なものだ。そして、ここからの会議に、彼女はどうしても必要な人なのだ。
「来てくれてありがとう、ニア」
シモンが声をかける。そちらを振り返るニアの瞳は、嬉しさを隠し切れていない。私室の前で帰された日から、まだ二人はきちんと話をしていなかった。名前を呼ばれて、顔を見ることができるのが嬉しい。
「頼みたいことがあるんだ」
外向きの真面目な態度をとりながら、シモンの視線にもどこか甘さが含まれている。ニアにそれが伝わっているだろうか、と傍からロシウは思い・・・まあまず間違いなく伝わっているだろう、と内心苦笑した。すでに見つめ合っている二人の間には、温かい空気が流れていたから。
「テッペリンを、これから、俺たちの『街』にしたいと思うんだ」
「まち、ですか?」
首をかしげる、変わらぬ仕草。シモンが簡単に説明する。テッペリン跡地を使って、多くの人間が住める場所を作る。お日様の下で、みんなが笑って暮らせるような場所を作るんだ、と。
そのために、ニアの力が必要なのだ。
「私の、力・・・?」
「うん。俺たちは、テッペリンの内部の事をよく知らない」
瓦礫の山はあらかた片づけてある。運良く壊れなかったり、まだ使える建物を残して。そして、ロージェノムの居城であり、ガンメン・デカブツに変形した螺旋城。その内部には無傷な場所が多くある。変形した後でも、多くの居住空間は残したまま動けるようになっていたらしい。
大グレン団の中にあって、元螺旋城であるところのデカブツの内部を知っているのは、ニアしかいない。だがそこは、今やニアにとって決して良い思い出の地であるとは言えないだろう。
だから・・・ずっと言えないでいた。本来なら最優先事項だったであろう、螺旋城内部の探索を手伝ってもらうこと。以前から要請の声があがっていたけれど、できずにいた。
でも今はもう迷わない。これから向かう未来のために、必要な事だから。
「テッペリンの内部・・・螺旋城の中を一緒に見て欲しい。中の事を、解る限りで良いから教えて欲しいんだ」
ニアにしか、できないことだから。辛いかもしれないけれど。
むしろ自分の方こそ辛いように、眉根を少し寄せた、シモンに。ニアはふるふると首を振って答える。
「私、シモンの・・・みなさんの、お役に立てるんですね?」
かすかに、涙が混じる。辛いことなどない。ずっと、そんな風に、シモンの役に立つことを夢見ていた。自分を頼りにしてくれることを。心が離れていた数ヶ月のほうが、どれだけ辛かっただろう。
野の花がこぼれ咲くように、綻んでいく表情が、会議室内の空気すら暖めていく。
------きっと、何もかもうまくいく。
まだ何も動き出しては居ない、今だけれども。太陽の下で、こんな笑顔をいくつも花開かせることができると。
ロシウの胸にも、シモンの胸にも、確かに同じ確信が宿っていた。
やがてできあがるはずの街の名は、「カミナシティ」。
それは天を目指し、子供達に太陽を見せてやりたいと言った男の名前。
その名に恥じぬ場所、その背中に背かぬ場所が落成されるまでは、まだ長い道のりがある。
だが、希望に満ちた若者達にとっては、ほんのわずかな距離にすぎない。
かつて見送った背中を越えていくために、踏み出した一歩は、人間の新しい時代の幕開け。
最後のページに記された新都の名が、間違いなくそれを見守ってくれていた。
<終>
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