『地走り』になりたい。
それはコイーガに住む男だったら、一度は子供の頃に持つ夢。
俺もご多分に漏れずその一人だった。
ジーハやアダイっていう村と違って、コイーガの人間は、かなり前から地上を知っていて、狩り場として使用さえしていた。
どうもこの村に住む人間は、昔っから好奇心の強い人柄が多かったらしい。俺のひいひいひいじいさんの頃、探検隊が組まれて地上への道が開かれたと聞いている。元々は、村で使われていた電気の元を探すために行われた調査だった。電気の道と思われる管を辿っていったら、外に出てしまった、というのが真相だ。管は大きな鏡みたいなパネルと接続されていて、後で分かったことだが、太陽の光を電気に変えて送っていたのだった。
その事も驚きだっただろうが、地上の存在の方がもっと大きな発見だったわけで。以来、コイーガでは地上の動物を狩ったり、植物をとったりして暮らせるようになったのだ。そしてすぐに、あいつらがやってきた。獣人ども。
最初に獣人にやられた人間は、相当数に上ったという。村人達がどんなに驚いたかは、やすやすと想像できる。ガンメンのようなでかいロボットなんて、お目にかかったこと無かったからな。しかもそれが喋って、後々解ったけれど、獣人が乗っていて、そいつらが人間を皆殺しにしようとしてるなんて。地上を見つけたときと同じくらいの衝撃だっただろう。
命からがら逃げてきたいく人かの報告で、その全てが解ったとき、村の大人達はどうしたか。地下に押し込められる生活をまた続けるべきか?だが、せっかく手に入れた地上という食料庫をみすみす手放すには惜しい。それより何より、天井のない、壁のない地上は、やはり人間というものを惹きつけてやまなかったんだ。それから村では対策会議が開かれ、襲撃を受けるたびに話し合いがもたれ、様々な方法が試されていき・・・最後に、『地走り』という、一風変わった、そして危険な職業が生まれた。
最初の襲撃で、村の場所が知られなかったのが幸いだった。村ごとつぶされることはないわけだから。観察したところ、獣人たちは定期的にこの辺りにやってきて、地上に出ているものをとにかく追いかけるということにしているらしい。朝やってきて夕方には去っていくということなど、獣人の習性もわかった。
そうして、我らが『地走り』の登場。
『地走り』の役目は、言ってしまえば囮だ。日が昇った頃、先発として地上に上がり、危険の有無を調べる。大丈夫なら、後発隊を呼び、目的地に誘導し、作業の間もぬかりなく辺りを警戒して回る。もしも獣人どもがやってきたなら------ここからが肝心なんだが------作業をしている人々を逃がし、自分は囮として、地上を走り回るのだ。
コイーガ周辺の地上は、緑豊かで水も豊富な、絶好の狩り場。姿を隠してくれる茂みや、丈の高い草原もふんだんにある。地走りはその環境を利用して、獣人の目をひきつけながら走り、最後には姿をくらまして、あとをつけさせずに村へ帰る。
言ってしまえば簡単だが、実際にやるのはもちろん難しい。下手すれば獣人に見つかっておだぶつだ。実際に、毎年何人もの『地走り』が殉職の憂き目にあっている。
それでも、『地走り』が村のヒーローであることには変わりない。子供から大人まで、『地走り』がどんなに重要な役目か良く知っていたし、逆に母親達は自分の子供だけは『地走り』にしたくないと密かに願っていた。
「キッド!どこ行くの!」
「トレーニングだよ!」
「またそれかい!ちったあ家の事も手伝ったらどうなの?」
「俺ぁ『地走り』だぜ?体なまらせちゃいけねえの!」
「誰があんたに『地走り』になれって頼んだかね!そんな事より、もっと自分の家の・・・」
話の途中からは耳に入れずに、俺は穴ぐらから飛び出した。
お袋の説教は長い。とっつかまったら1時間やそこらでは済まない事は、経験上よーく身に染みている。もっとも、説教が以前に増して長くなったのは、俺が『地走り』になってからだ。最後まで反対していたのを押し切ったからな。お袋にはそれが気に入らないんだ。
村の中央は、広くひらけている。お袋の怒声でまだキンキンする耳をぐりぐりかっぽじって、隅っこでまずストレッチ。走り込みを兼ねて、広場をダッシュで20周。それから、石柱登りができる鍾乳洞に移動する。本当は地上に出て木登りの練習をしたいところだが、当番でもない日に地上へ出ることは許されない。それがたとえ『地走り』でも、だ。
獣人どもの目を眩ませるために必要なのは、腕力・脚力・瞬発力。それに洞察力や動体視力、状況判断のできる冷静さ。どれが欠けても命取りになる。だから日々鍛えることが大切なのは嘘ではない。
大昔からあるコイーガの鍾乳洞には、いくつもの太い石柱が立ち並んでいる。この石柱を登るのも訓練の一つで、なかなか難しい。鍾乳石は表面にとっかかりが少なく、登るためには筋力を試される。そのうえこの石の柱は案外に脆く、下手に体重をかけると急に欠けたり折れたりするのだ。こういうところで練習を積んでおけば、地上の木なんて簡単に登れるし、まれに岩山を登る必要が出たときにも役に立つ。
『地走り』たちが練習ができるよう、ところどころ明かりがつけてある鍾乳洞は、黄みがかった乳白色に光っている。ぺっ、と両手の平にツバを吐いて、まずは手近なやつから征服だ。するすると天井近くまで登って(自慢じゃないが、俺は石柱でも木でも登ることに関しては、誰にも負けない)、手頃な距離にある柱を探す。
「よぉっと!」
わずかな反動で、俺は次の柱へと飛び移る。次はもう少し離れた鍾乳石。ひょいひょいと、一つの場所にとどまる時間を出来るだけ短くして飛ぶ。こうして柱と柱を飛び移りながら進むのも、練習だ。生い茂る木の葉の間に身を隠して飛び移るのは、デカブツのガンメンからは見えにくい格好の移動手段。もっとも、これだけ長く地面に足をつけずに移動できるのは、『地走り』の中でも俺だけなんだけどな。
自画自賛しながら、太く垂れ下がる鍾乳石へねらいを定めて飛び移った時。一瞬集中力が途切れていたらしい。下に向けてかなり太い円錐状になっているその石に、うまくへばりつくことができず。あっ!と思ったときには遅かった。
「うぁ痛って・・・・・・」
あれ?
派手に尻から落ちた、と思った。
いや確かに落ちたのだが、落ちた先は予想していたような固い岩盤の感触がしなかった。
へ?何だ?固い事は固いが、弾力があって。石灰岩の色とは明らかに違う、灰色の布が目に入る。さっと目で辿ると、紺色の髪と、目を細く閉じた顔。
「おわ!アイラック!」
「・・・・・・・」
そういえば、落ちた瞬間うめき声を聞いたような気が・・・まさか死んだか?
「おい!起きろアイラック!死んだのか?おい!」
「・・・・・・重い」
「・・・何だ生きてんじゃねーか」
「これくらいで俺が死ぬわけないだろう」
それより重いからどいてくれないか。
寝っ転がったままだというのに、きざったらしく前髪を手で跳ね上げて。心底参った、というポーズで額を抑える。悪ぃ、と慌ててヤツの上から降りるが、舌打ちを隠しきれない。こいつの上に落ちるなんて、一生の不覚だ。一番見られたくないヤツに醜態をさらしちまった。案の定、アイラックはこちらに顔を向けてニヤニヤ笑っていやがる。
「・・・何だよ」
「いや。猿も木から落ちる、って言うのは本当だな」
「サル言うな!」
「誉めてるんだよ」
起きあがって、髪の乱れを気にしている、この男。アイラックとは、腐れ縁の幼なじみである。どうせ狭い穴蔵だ、その中で同い年のヤツとはどうしたって何かと付き合いができる。餓鬼の頃は、俺たちはお互い特に意識もせずに良くつるんで遊んだもんだ。こいつがこんな性格に成長するなんて思わなかったからな。
切れ長の目も細い眉も、手入れを怠らない長い髪も。(俺とはまるっきり正反対)いい男の条件揃いで、根もまあ悪いやつではないのだ、悪いやつでは・・・・・・口さえ開かなければ。
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