※艦長は宇宙に出てから螺旋力で不老不死。
<王様の台詞で5題>配布元COUNT TEN.チハルさま
1.「お前は私に逆らうべきではない」
ぷつん、と意識が戻った。
目を開けば、見慣れた景色。溶液を透かし、ガラス筒の凹面越しに歪む計器の光。巨大な螺旋エンジンの回転。
眠っていたのとは違うはずなのだが、欠伸が漏れる。ぼこり、と大きな泡が昇り、それを追いかけて小さなアブクが絡まりながら昇っていく。
生体コンピュータと呼ばれる私は、眠る事はない。かわりに電源を落とされれば意識は途切れる。それは毎度定められている死のようだ。それなのに、電源を入れられるたびに欠伸がでるのはどういうことなのだろう。生体の無意味な反射、という事なのだろうか。体を無くして200年ほどになるが、未だに不思議でならない。
ぼんやりと思念を巡らせて、そして目の前の男に気づく。
襟を高々と折りまげ、背に自らの魂の在処を背負って。私の前に現れるときはいつも不敵な笑みを浮かべているはずの男は、常と違って食い入るように私を見ている。ひたむきに、何かを求め乞う視線。
私が視線を合わせた事に気づくと、ガラス筒に飛びついてきた。薄暗い動力室に響くのは微かな作動音だけだ。
片手を、額を。ぺたり、と筒につけて。もう片方の腕は柔らかく曲げられている。その中に居るものが見えた。この男の愛するブタモグラ。少年のころから離れたことのない、相棒だと、いつか言っていた。
そんな小さな生き物を抱いて、幾千幾万の螺旋の戦士を統べるお前が、いったい何を嘆きに来たのだ?
「ロージェノム。ブータが・・・動かないんだ・・・」
「命の終わりだ」
「ちがう!まだ息がある!」
ごう、と炎が燃え上がるように息を荒げて。その勢いに触れたならば、この艦のものたちは皆震え上がるだろう。それなのに。お前はちっぽけな茶色の塊を愛おしげに手に包んで、膝をつく。
「ブータだけは・・・いつまでも変わらなかったのに・・・ずっとそばに居てくれたのに・・」
今お前の周りに居る者たちは、決して聞いたことのないであろう声音。私ですら、この200年耳にした覚えがない。弱々しい声。だが私はこの声を知っている。お前が孕みつつある物を知っている。不死を生きるものが取り憑かれる歪みが、お前に迫ってきているのが解る。なぜなら、それは、かつて私を蝕んだものであるから。
「そのブタモグラは、お前の近くに居すぎた。お前の螺旋力の残滓を体に溜めこむことで、本来与えられた寿命を遙かに越えて在り続けた」
大きくもならずいつまでもお前のそばに在れるよう、ブタモグラ自身も願ったのだろう。動物なりの頭で。それがこんなにも長く続くとは、動物もお前も、それを生み出した私ですら想像もつかなかったことだ。そして長く続いたからこそ、お前はこの者も自分と同じ不死のように錯覚してしまった。
「命を飴のように細く長く伸ばし続けてきたのだ。だが、それには限界がある」
伸びに伸びたブタモグラの命は、蜘蛛の糸ほどに細く脆く、今にも切れそうに震えている。私には見える。
艦長、キャプテンと呼ばれ、200年を過ぎた男は、私の言葉にいやいやをするように首を振った。宇宙に飛び出たときの仲間をずっと後方に残して生きてきた筈なのに、私の肉体と対峙した時の幼さのままで。
「いやだ・・・オレは嫌だ」
「受け入れろ」
お前の絶望を知っている。共に戦った仲間、若き日を過ごした戦友達、愛する者、愛してくれる者。全てがお前から去っていく。時の止まったお前の目の前を足早に。彼らは一様に変わり、年老い、お前に看取られていっただろう。今、この艦には彼らの子孫が幾人か乗っている。だが、面影や思い出を共有することはできても、もう昔の彼らに会うことはできない。
「みんなみんな、オレだけ残して行っちゃうなんて・・・」
膝にそっと小さな生き物を乗せて、ぺたん、と座り込む。ブリッジに立つ堂々たる姿からは想像できない、柔らかな仕種。炎を背負うマントの下は、次元を突破した日のままに細く、青年のままだ。いっそ幼ながえりしてしまったかのような澄んだ瞳が、歪む。歪む。
薄明かりの動力室の中で、発光しているのは私自身だ。その光に照らされて、膝の愛しい温もりを抱え込む男の背がゆらり、と動くのがわかる。立ち上がる。
「だめだ」
思わず口から出た抑止の言葉。静かに燃える双眸が私を見つめる。見つめている。
私は、その色の意味を知っている。
「・・・変わらないものが、欲しいんだ」
「そんなものが存在しないことは良く知っているだろう」
「いや、在る」
一度お前は造ったはずだ、と。お前が造り出せたものなら・・・オレが造ることもできるはずだ。同じ螺旋の力を持つ者なのだから。
「・・・ブタモグラ自身はそんな事を願っているか?」
「珍しくきれい事を言うじゃないか?」
いっとき彼は、クルー達に良く見せる不遜さを取り戻した。皮肉って笑ってみせて、しかし自らが見つけ出した答えに熱された瞳は、青白い光を宿して燃えている。
「ブータだけは、どこにも行かせない」
オレの全てを見て、知っている。いつだってそばにいた。そしていつまでだって。
「オレとブータで、ここまで来たんだ」
これからも歩く。長い長い、気の遠くなる道を。これまで耐えてこられたのも、変わらないブータが居てくれたから。仲間が、愛する人が、だんだんと消えていく時にも、壊れずにいられた。全てが動き出した少年時代からずっと、変わらないものがいつもあったから。
膝の塊が、かすかに動くのがわかった。増幅していくこの男の螺旋力に反応しているのだろうか。
「ブータを、オレと同じに」
お前が一度やったことだ。一人の獣人を、語り部となれと、異形にした。怪我もせず、眠らずに居られる体に。ああ、あいつにこの事を知られたなら、どんな顔をされるか目に見えるようだけど。
「同じ事をしたい、と言っているんだ」
「そうしてカテドラル・テラを不死者で埋めるのか?悪趣味だな」
「違う!!」
「違いはしない」
いつかそうしたくなる。一度その手段を知ったなら、歯止めをかけられるか?それはお前自身にもわかるまい。違う、違う、とかぶりを振りつづけるお前。一千数百年の昔、同じ事を私は考え、地上は獣人に満たされた。人間を地下に閉じこめるための必要な人手でもあったが、獣人を製造しながら、私は必死で不死の再現を試みた。私と同じ時を過ごす者を熱望した。
「ブータだけで良い・・・良いんだ」
崩れ去りそうな命の灯を両手で抱え込んで。
「変わらないものを、たった一つ求めるのは悪いことなのか・・・?!」
一匹のアルマジロの事をふと思い出す。あれは、私が初めて造ることに成功した、長寿型の獣人だった。グアーム。不死だったかどうかは、わからない。ただあれは、地上に君臨した私とほぼ同じだけの時間を生きて過ごした。倦み続ける私のいっときの話し相手ともなった。私はあれを支えにしたのだろうか。
「ロージェノム」
手つきだけは優しく、小さなブタモグラを撫でながら、真っ直ぐに目で射抜かれる。その目が狂おしくすがりつこうとしているのがわかる。今にも消えていく望みを、必死でつなぎ止めようとする心が、身の内を燃やし、焦がす。お前を打ち倒さんばかりに。
「お前はオレに逆らうべきではない」
オレがその気になれば、お前は生きていられないんだ。
不敵に笑おうとした、響きに微かに泣き声が混じって聞こえた。そう、お前は今の私の命を握っているも同然だ。私はただのデータで構成された存在に過ぎない。お前が私の息の根を止めるのは簡単だ。電源を切って私を壊せばいい。
おかしな事だ。笑いたくなる。私は毎日のように、それを繰り返しているのに。電源を切られては死に、入れられては生き返る。それなのに、お前は私の「命」を取引に使おうと?
「馬鹿馬鹿しい話だ」
この男の螺旋力があれば、艦自体は動かせる。時間をかければ、私と同じくらい優秀な演算システムや索敵機能、時空間転移機能を搭載することは可能だ。いや、もっと簡単に、私から本当にデータのみ抜き取れば良いのだ。私が生体コンピューターとして立ち上げられたときならばいざ知らず、今ならそんなことも簡単にできるだろう。
そんな事も考えられずに、私に命の選択を迫る。どれほどお前の精神は追いつめられているのだろうか。
「・・・勝手に検索すれば良いではないか」
はっとして、今気づいたように私の全体を眺める。そこに見えるのは、醜怪な生首と、無数のコード類、それが辿る先は無機質な機械の肌のはずだ。お前は時々おかしいのだ。確かに私はお前達と対話をするが、実態はこの艦の一機能に過ぎない。私の記憶から知りたいことがあるのならば、勝手に取り出せば良い。なぜかお前は、知りたいことがある時、私から了解を得ようとする。
「良いのか・・・?」
「良いも何も、私に選択権はあるまい」
そうやって私を人間並みに扱い、対話をする。お前は本当に馬鹿な男だ。だが私とて、これからまだ先の見えぬ年月をお前と過ごすのだ。
「だが、言っておくが、成功させようとするなら、そのブタモグラは本来の姿のままでは居られない」
そんなことを伝えようとする自分が、この男に持つ感情は何だろう。同情なのか。憐憫なのか。少なくとも私には日毎の死がある。今のこの男には、死という帰結すら見えないのだ。
獣人は、人間の姿に近づくほど高等な頭脳を持ち、寿命を伸ばせた。ブタモグラに不死の処置を施そうとするなら、獣人化を、それもより人間に近い形で行わなければならない。意志を持ち自由に動く四肢を持つ存在になっても、お前は同じブタモグラと思ってそばに置けるだろうか。
「それでもお前の決意が変わらないというのなら、いくらでも私から引き出せ」
膝の上の小さな命は、もう先がない。急いで始めなくてはならないだろう。早急に必要となるのは、ベースになる人体クローンの作成。この艦の設備ならば、手遅れにはなるまい。
螺旋エンジンの擦れる音が、ひときわ大きく響く。聞き取れないくらい小さい声で、わかった、とお前はつぶやき。震える指が、コンソールを引き出して、私の検索システムを作動させる。
検索が始まると同時に、私の意識は混濁していく。今日の死、幾日かの死を経てまた私が目覚めたときには、新しい生き物が誕生していることだろう。その時、お前は私と同じになる。かつて一人地上に在った、私と同じ存在になる。
それがなぜか気味の良い事に思え、かけらほどの意識の隅で私は口の端を持ち上げた、気がする。
やがて、ぷつり、という音。
闇の中に私は消えた。
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あまりの艦長熱に、捏造妄想驀進中。
こうして生まれるのが一話冒頭の副官で・・・という設定ですよ。うりゃあ!
もう、今週の音泉で開き直ったのだ。
それならこっちもその気でやっちゃうもんね!
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