シティを見下ろす屋上に、一つの影がある。白い上着をなびかせながら、手すりにもたれてぼんやりと街を眺めている風情だ。さらさらと風が一筋の前髪を揺らしている。
その背後から、静かな足音。
「珍しいわね、ロシウ。休憩中?」
「リーロンさん?・・・まあ、そんなところです」
「あなたがこんな風に日中に休むなんて、世の中平和になったものね」
「ははは」
となり、いいかしら。
細身の科学庁長官は背中を手すりにもたせて、たたずむ。年齢不詳の横顔はいつ見ても内心驚かされる。
「例のプロジェクト、うまくいってる?」
「難航中ですよ。アンチスパイラルの脅威がなくなったとはいえ、今までまともに連絡を取り合うこともできなかった人々が、一朝一夕で簡単にコミュニケートできるわけがない」
「螺旋族、とひとくちに言っても色々いるものね」
「正直、あの人が居てくれたらもっと楽だったんですが」
一番大変なところばかり、僕に残していくんですよ、あの人は。
笑ってそんな事も言えるようになった自分が、少し不思議だ、とロシウは思う。
アンチスパイラルを倒した、宇宙の英雄。他星の特使は誰もが誰も、彼に会いたがる。螺旋族は彼を支持している。きっと彼が出て号令を出したなら、交渉に明け暮れることなく、螺旋族は一つにまとまるだろう。彼という、旗の下に。
「あの子も、はっきりとではなくても、わかっていたんでしょうね」
ロシウが本気で愚痴っているわけでは無いことは、良くわかっている。これは単なる思い出話。
「自分がアンチスパイラルを倒した英雄として、螺旋族の前に立ったなら、また同じ事が繰り返されるってこと・・・総司令の時と同じ。本人の意志に関わらず、きっとあの子は持ち上げられて、英雄であり支配者であれと望まれる。それも今回は螺旋の遺伝子を持つ全ての知的生命から」
見上げる空には、まだ星は出ていない。でもあの青天井の向こうに、たくさんの螺旋の仲間達がいる。その熱狂が、一人の男の元に集まったなら。
「その先がどうなるか、あの子は本能的に悟った。そうして象徴となり、全ての螺旋族を束ねる大いなる力になってしまったら、それこそスパイラルネメシスの発動になるって」
だから・・・出て行ったんだものね。英雄ではない、一人の男。穴掘りシモンに戻って。
「時々聡いんです、シモンさんは。黙って、理解して、何も言わずに行動する」
ニアさんの事だって・・・そうだった。誰にも言わず。
「どうしても、あの時の立役者を出せと言われる時は、ヴィラルに協力してもらってるんです」
「あら意外。あんまり顔出すの苦手かと思ってたけど」
「彼もどうしてどうして、さすが元獣人の戦士ですよ。組織というものも良くわかっている。カミナシティの政治機構についても、すぐ理解してくれました。礼節もわきまえていますから、実は外交にもってこいの人材だったんです・・・彼のおかげでまとまった星間条約は、1つや2つじゃありません」
意外なところで意外な人が力を発揮する。人の出会いは偶然と必然で織りあげられたアラベスクのようだ。
シティの旗がぱたぱたとはためく音がする。それは風をはらむ帆の音に似て、行く先も告げず船出してしまった人の事を思い出させる。
「シモンさんは、今どうしてるんでしょうね」
「さあねえ。手回しドリル一つ持って、全国行脚の旅かしら」
「行く先々で穴を掘って?」
「地球は広いもの。掘る所なんていくらでもあるわ」
小さな種を植えるのにも。大きな山を穿つ道を作るにも。大なり小なり掘るという行為は必要とされるのだから。
「何だか何年経っても、こうしてあの人の事を考えそうです」
「いいんじゃない?離れている友人の事を考える、別におかしな事じゃないわ」
「僕は、シモンさんの友人、だったのかな・・・」
「恋人の方が良かった?」
「っからかわないでくださいよ」
「冗談よぉ。友人、だったでしょう?あの子はそういうこと自分から口に出さないから、あなたはそういう風に自信を持てなかったかもしれないけれど」
「・・はい」
無意識に、左の頬に手が触れる。
おまえが必要だ、と言われたあの日。あんな風にはっきりと、僕のことをシモンさんが口にしたのはあれが最初で最後。いや、最後は「任せる」と言われた時か。
その背中はまだ炎を背負っていて。その炎は彼の大切な人達の魂の在処で。
遠く遠く、どこに居るでもない背中を探して、視線が飛んでいく。
それを引き戻すように、リーロンが肩に手を置いた。
「そういえば、キノンと婚約したって聞いたわよ」
「え?あ・・はい」
「式はいつ?」
「お互い派手な事は好みませんので、そういうのは無しにしようかと話してるんです」
「・・・その話、キノンから?」
「?え、ええ・・・」
「馬鹿ねー!キノンが本気でそう思ってると思ってるの?」
「え?っちがうんですか?」
「あのねえ、結婚式は女の一世一代の晴れの日!誰もが夢見る舞台なのよ!あの子はあんたに気をつかって言ってるだけ!」
「で、でも」
「良いから!あんたから式の事言ってごらんなさいな。絶対喜んで飛びついてくるから!」
「そう、なんですか?」
「そういうものなの!もう、あんた何回結婚式見たっていうの。花嫁がどれだけ幸せな顔してるかわかんないの?」
そう言って、ほんのひととき、2人は思い出す。
しあわせな、花嫁。桜の下で、誰よりもきれいだった花嫁。愛する人と、誓いを交わす、その一瞬のために全存在を使い尽くしたひとりの花嫁。
何十年たっても忘れることはない。光の中に溶けた、笑顔。大輪の花のように幸せだけを全身にまとって、消えていった一人の・・・しあわせな女性。
「ほら、今からで良いから。せっかく時間がある内に、言ってらっしゃい!」
母親が息子をせき立てるように、リーロンは彼の背中を押す。
「は、はい!」
走り去る長身の影。一房の黒髪をなびかせて。
見送りながら、手の平に残る感触に微笑む。触れた背中は、いつのまにか見た目よりもしっかりと筋肉がついていた。体つきはすっかり大人になったのに、中身は変わらない、野暮なまんま。
こんな事思うのも、何だか親みたいね。細い指を顎にそえて、ふふふと笑ってしまう。
人の親には一生なれなそうな自分だけれど、たくさんの若者を見守って、見送って。とっても楽しかった。そしてこれからだって、面白いものを見せてもらうつもり。
未だ崩れぬ肢体をすらりと伸ばして、シティ上空を眺める。自ら手がけた新型グラパールが、上へ上へ軌跡を残して飛んでいくのがうっすらと見えた。
瞳を閉じる。瞼の裏にあるのは、グレンラガンの影。
どうかまだ、その眼に映るものを、私に見せてちょうだい。まだまだ老け込むつもりなんかないんだからね。
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シモンが出て行ってから数年後くらい。
私なりの最終回咀嚼みたいなものです。
期間限定グレンラガンのカミシモ(シモン総受が信条)テキスト垂れ流しブログです。
鉄は熱い内に打て!
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