2. <いつもおいしいものを 君が作ってくれる>
四時限目の終了を告げるチャイムを受けて、高等部の教室が沸きたった。昼休みの始まりが喜ばしいのは、いくつになっても変わらない。がやがやと席を立つ音、弾ける笑い声。喧噪の中で目を覚ましたカミナは、机の脇にかかったカバンに手を突っ込んで、いそいそと中身を取り出した。
水筒はステンレス製で、魔法瓶ほどではないが保冷も保温もそこそこ優れている。そっけない銀色の筒の中には、自家製の熱い麦茶がたっぷり入っているのだ。
カミナは片手だけで器用に蓋をあけて、すぐさまそこに茶を注ぐ。右手は弁当の蓋にかかってすでに臨戦態勢だ。水筒からは温かい湯気と同時に香ばしい麦茶の香りがあふれ、何人かの生徒が振り返る。
ここ一月半、昼休みを告げるチャイムと共に始まる一連の動作に乱れはない。購買や思い思いの場所で昼食を取るために出て行く生徒の居る中、自分の席から一歩も動くことなく、満面の笑みでカミナは弁当箱の蓋を開けた。
・・・よっしゃ!大正解!
今朝方シモンの前で当てて見せた通り。大ぶりな銀の箱の中には、どんとボリュームのあるハンバーグが2枚鎮座ましましている。千切りキャベツ、人参の甘煮、蒸し南瓜、彩りも完璧だ(もっともカミナは色よりも味と量を重視しているのだが)。きっちり箱半分には、ふりかけご飯。
本日も充実を約束された昼食時間。敬意を込めて、びしっと手を合わせ、箸箱の音も高らかに、開始されたるは弁当箱攻略戦。
「ガキか?おまえは」
呆れたような声が頭上から降ってきた。串刺したハンバーグを囓りつつ見上げれば、悪友、寮長、キタン殿。パック牛乳片手に、購買人気のジャンボ焼きそばパンをくわえている。
「ああ?誰がガキだってんだよ」
「おめーだおめー。授業中はほっとんど眠りこけて、飯時になると飛び起きてるおめーだよ!」
おまけに弁当箱開けて顔中笑顔ってなぁ・・・
じゅぅと牛乳を吸い込んで、弁当をぱくつく男を見やる。どんだけ緩んだ顔してるのか、本人は分かっているのだろうか。焼きそばパンから紅ショウガを器用に取り出しながら、キタンは続ける。
「おめーが寝てばっかいっとな、寮長の俺の責任にもなんだよ」
「知るか。つまんねー授業する方が悪ぃ」
「つまんねーと思えるほど聞いてんのかおめーは」
「お前こそ面白ぇと思って聞いてんのか?」
ぐ、とキタンは言葉につまる。授業ってなぁ面白ぇとか関係なく聞くもんで・・・などともごもご呟いているからおかしい。柄にもなく優等生ぶるからいけねえんだ。にやにやしながらカミナは箸を進める。
「・・・ま、いいじゃねえか。その代わり、俺ぁ今月無遅刻無欠席だ」
「あ、ああ。確っかにそうだな・・・っていうかそれが不思議なんだよ!」
「んだよ、うるせえな」
メシぐらい静かに食わせろよ。熱い麦茶をぐっと飲み干して、一息つく。肌寒くなってきた頃に、熱い飲み物を持たせる、シモンの選択にはいつも感心させられる。最初は爺臭いような気がしていたが、どうしてどうして。飲むと腹に力が入るようで、気分が良くなるのだ。おまけに何か飲み物を買うよりずっと安上がりで。
気持ちよく昼食を食べるカミナをよそに、キタンは焼きそばを噛み散らしながらまくしたてる。
「最近おかしいんじゃねーか?常時遅刻、無断欠席常習犯だったやつがよ、いきなり無遅刻無欠席ってんだ。・・・だいたいおまえ、今日月曜日だぞ?」
「・・・ああ、そうか、今日月曜日だな、たしかに」
だーかーら!それがおかしいってんだよ!パック牛乳を握りつぶさんばかりに力を入れてぎゃーぎゃーわめく寮長を軽くいなしつつ、確かにカミナもその違和感に気付いた。
だるい授業を寝て過ごす。これはいつもと同じだ。というかほぼ全日、同じように過ごしているはずだ。
違いがあるとすれば、朝。
思い起こすに、学校と名の付くものに行くようになってこの方、月曜日の朝が楽しかった試しはない。そして高校に入り、鬼のようにバイトを入れるようになってからは、それこそ呪いたくなるほど月曜日がきらいだった、気がする。
だがこのところ、月曜の朝にそういった負の感情を持つことが少ない。いや、あろうことか、休みの日に月曜日が待ち遠しい気がすることさえ、あるのだ。
弁当、か。もしかして。
いや、もしかしなくてもそうだ。唯一の楽しみと言っていい。
学校へ行けば、必ずこれが食べられる。どうもそれだけのために・・・自分は出席している、ような気が。本末転倒------だが、土日に弁当が無いのがつまらないと思う事すらあって------こんな事の為に学校が楽しみなんてあり得るか?しかし・・・
ぐいぐいと米をかきこんで、つやつやに煮上がった人参を口に放り込む。やっぱり美味い。何でもないちょっとした野菜の付け合わせを、こうやってしみじみ食べる事になるとは、今まで思いもしなかった。
随分昔からカミナにとって、食事は腹が張りさえすれば良く、せいぜい肉に脂が多いか多くないかぐらいの違いでしか認識していなかった。作っている人間の顔が見える食事なんて、したことがあったのか、あったとしたら、いつ以来なのか、さっぱり覚えていない。
・・・ってか、俺はこれを食べてると、シモンの顔が見えるのか?
思い至って箸が止まる。相変わらず居るキタンは、隣の席の椅子にまたがった。顎を背もたれに預けながら、びしりと指をさす。
「まあ俺としてはありがてえけど・・・いっつからそんな早起き少年になったよ?」
伊達に長い付き合いではない。中等部の頃から、一限目より前にカミナを学校で見たことはなかった。つい、しつこく問い詰めてしまうのも無理はない。
「いつから、とか言われてもなあ」
目の前の指を払うのも面倒くさく、無視してカミナは思いめぐらす。廊下から走り込んでくる生徒と一緒に、埃っぽい外の匂いが教室に流れ込む。
そもそも、今早起きなのはシモンに起こしてもらっているからで。その発端もまた、八分がた食べ終えたこの弁当にある。
弁当を作ってくれ、買い取るから。そう頼んだ、つぎの日の朝。
いつもどおり、遅刻なんぞ気にしない時間に適当に目を覚ました。同室のシモンは、もちろんとっくに出ていて居ない。ついぞ教科書の類が入っていた試しがなく、持っていく意味があるのかわからないカバンを手にとろうとして、気が付いた。自分の机の上に、赤い布で包まれた弁当箱が置いてある。
おお!と声が出て、シモンの仕事の速さに感心した。頼んだ時たしかに「明日から」と指定はしていたが、まさか本当に一日置かず出てくるとは思っていなかったのだ。
箱の下には置き手紙が挟んであった。
自信はないけど、どうぞ。おいしくないものがあったら言ってください。持って帰ってきたら、オレの机に置いておいてください------
そんな事が、少し硬い字で書いてあった。
その几帳面さに苦笑しながら、持って行った最初の弁当。それが予想を遙かに上回る出来で(確か教室で大声出した気がする)(今隣でくだくだ言っている寮長が、そん時もうるさかった)、だいたいミートボールとか手作りのなんて初めて食べた。
素直に感動して、礼を言いたくて。
急いで寮に帰ったものの、部屋は空っぽで。
あたりまえだ、シモンは部活に入っている。対するカミナは、バイトの為にほとんど部活には出ていない。高校進学以来、学校が終わるとすぐバイトへ向かう生活をしていたのだ。
そう、直接礼が言いたくても、良く考えると、普段シモンとはほとんど顔を合わせられない。バイトが深夜に及べば、帰ってきたところでシモンは寝ている。
幸いその日は、そこまでカミナの帰りは遅くならなかった。それでも結構急いで帰ってきて。
部屋のドアを開けざま、開口一番、「美味かった、明日も頼む!」と(われながら何であんなに気が急いていたのかよくわからない)言ったら、寝支度をしていたシモンはきょとん、と目を丸くして。数秒おいて細っこい首筋から赤くなった。それから、にこぉっと、ほんとにスローで見えた、目を細めて、それはそれは嬉しそうに笑った。そのまま紅潮した顔で「ありがとう」と言われ(いやそれは俺の台詞のはず)、自分は言葉を無くしたのだ。
それから数日。
ろくに礼が言えない日が続いていた。代金をもらっているのだから、そんなこと気にしなくて良い、とシモンは言うのだが、カミナの気は済まなかった。相変わらず弁当の質は良く、昼休みはカミナにとって驚くほど充実した時間になっており。
できることなら、毎回直接礼を言いたかったのだ。心のどこかで、そのたびに見られるシモンの嬉しそうな顔を思い出していた、ということにはとりあえず目をつぶった。
確実に毎日顔を合わせる時間。
帰寮時間も就寝時間も合わないならば、結局それは朝しかない。
早起きは得手ではないが、背に腹は代えられない。意を決してカミナはシモンに目覚ましを依頼し・・・そして、現在に至る。
早起きは三文の徳とは良く言ったもので。起床時間を前にずらしただけで、シモンに起こしてもらう上に、作りたての弁当を笑顔で手渡されて見送られる、というオプションが自動的についてくる。
初めて「いってらっしゃい」と言われたときは、正直、うわ、と思った。顔が盛大に緩むのが自分でもわかる。誰かに言われることなど、もう無いと思っていた言葉。ふりかえって手を振れば、まちがいなく振り返してもらえる事。そんな事の嬉しさを、忘れていた。思い知らされた。
毎日、きっと、まちがいなく。夜には顔を合わせなくても、朝なら必ず会える。アニキ、と呼ばれて、見送られて。その確実さに、たぶん自分は酔っている。
最近はそれに、と最後の米粒をつつきながらカミナは思い出す。
ちょっと前に、寝ぼけてあいつを布団に引き込んだら、真っ赤になってガチガチに固まって。やだ、とか、離して、とか、ええとぶっちゃけ相当に可愛い声を出すので。面白いから、ほぼ毎朝、抱き枕にしている。シモンは俺が毎回寝ぼけていると思っているようだけれど。
まあ、こんなことは、目の前でまだ睨みつけているキタンには言えない。
・・・あれ?俺いま何考えてたんだっけか・・・?
空っぽになった銀色の箱は、晩秋の斜めの陽を受けて鈍く光る。
どうして早起きになったとか。どうして毎日学校に来ているのかとか。全部この弁当箱に集約されているようだ、どうやら。底の底まで見通せるほどきれいに食べきった箱の中に、シモンの顔が一瞬浮かんだ気がして思わず首を振る。
いつも全部食べてくれてありがとう、とあいつは言うから。
こっちが無理言って作らせてるようなもんなのに、上気した顔で俺を見上げて、ありがとう、なんて。
蓋を閉めて、乱暴に布で包み直す。真っ赤な色が目に入って、ああまた思い出す、赤はアニキの色だから、と楽しそうに笑って言った事とか。
「おい、カミナ・・・お前本気でどっか悪ぃんじゃないか?」
さっきから何か顔が変だぞ、いや元からか、と言った瞬間拳が飛んできて、寮長はあえなくノックダウンした。
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あれ、ちょっとカミナが変な人に(笑
カミナはやっと自覚したんですよ、と言い張ってみるテスト。
そして性懲りもなく、この歌を下敷きにしてますと言い張る!→月見ヶ丘
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