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Posted by ふじみき - 2008.01.22,Tue
※お久しぶりの「月見ヶ丘」です。以前のものはこちら→   


3.  <とっておきの場所まで 君だけを連れていくよ>


 ぶるり,と寒気がしたので,寮室で1人のシモンは,足下のヒーターの電源を入れることに決めた。明日までに終わらせなければならない課題がある。グアーム先生の古典。ねちっこいことで知られるあの先生は,生徒がぎりぎりがんばれば終わらせられる,という絶妙にいやらしいレベルの課題を出してくる。腹を据えてかからなければならない。


 11月の夜が更ける。かりかりとシャープペンシルの走る音だけが部屋に響く。同室の高校生は,今日も遅いと朝言っていた。毎度の事だから,シモンは気にはしていない。おやすみぐらい,言えればいいなと思う事もあったけれども。
 それほど遅い時間でもないが,防音効果の高い寮室に居ると他の部屋の音は全く聞こえず,ともすればたった1人で寮に居る気分になる。それでも,ドアの外を時折人の通る音がするから,孤独感はおぼえずに済んだ。
 ああ,また誰かが携帯で話しながらぱたぱたと小走りに通る。話し方からして,きっと相手は彼女なんだろう。その後ろを追うように,同室者から冷やかしが飛ぶのが微かに聞こえた。
 手元の課題はやっかいな古文解釈の部分にさしかかっていて,シモンの集中は途切れてくる。だからこんなに外の音が良く聞こえるのだ。
 消しゴムをころんと落として,シモンは一息ついた。ヒーターが足をぬくぬくと温めている。それも考えものかもしれない,少し眠気が襲ってきていたから。小さいあくびが一つ出た。
 机にぺたりと頬をつけて,窓を見上げる。秋の空は夜も高い。月はここからは見えないが,星はかなりはっきりと見えた。秋の大三角,などとぼんやり思っている,その窓にひるがえる赤い布。
 我知らずシモンは微笑む。あれはカミナのお弁当を包む布だ。帰ってきてすぐ手洗いにして干しておいた。明日の朝までには乾くだろう。作りたてのお弁当をきゅっと包む,その瞬間がシモンは好きだ。
 部活から帰ってきたら寮室においてあった,今日も今日とて,お弁当箱は空っぽで。毎日毎日の事だけれど,やっぱりシモンは嬉しいなあと思ってしまう。誰かの役に立てる嬉しさが自分を充実させてくれる。
 両親が亡くなって以来,叔父の家にいたシモンは,自分がお荷物であるという意識がいつもどこかにあった。居るだけで迷惑になってしまう,そんな引け目を感じていた。だから何とかして早く一人前になりたくて。少なくとも誰かを患わせずに生きていけるようになりたかったのだ。お荷物の自分が,人の役に立てるようになるなんて事は,夢にも思っていなかった。から。ささやかでも,こうやって誰かの為に働ける今が,嬉しいのだ。
 そんな機会を提供してくれたのは,同室になって一ヶ月半になる,カミナ。初めて会った日から,アニキと呼べと言われて。正直最初は戸惑ったけれど,いつかすっかり馴染んでしまった。
 良く考えれば奇妙なのだけれど,だってやっぱり,とシモンは思う。どこかで自分は憧れていたのだ,兄弟という関係に。年の離れた従兄弟がいるだけで,近しい同性の家族が居なかったから。早く叔父の家から出たいなんて思っていたのにやっぱり1人が寂しいのか,と自分で自分を笑いたくなる。けれども,「アニキ」と呼べば自然に「おう!」と返事が返ってくる,そんな相手の居ることが,どんなに自分の救いになっているか。カミナは,知らないだろう。
 面と向かって礼など言ったら,きょとんとされるだろうな。第一,シモンはどう言葉にして良いかもわからない。働かせてくれてありがとう,アニキになってくれてありがとう,なんて,自分でも支離滅裂だと思う。
 デスクライトを頬に受けながら,ぼんやりと見上げる夜空。
 その空が,かつん,と振動した。シモンは目を瞬いて顔を起こす。今のは,と思う間もなく,もう一度,夜空を切り取る窓が鳴る。今度は見えた,小さな石が窓に当たっていた。
 ここは二階だ,道路から石が飛んでくるはずもなく。急いで窓に駆け寄る,建て付けの悪いのをガタンと引き開けて,下を覗き込んでみれば。
 夜露の降りた草地の中,見慣れた顔がこちらを向いて,手を振っていた。
 落ち葉の積もる斜面を歩けば,がさがさと足が沈む。落葉樹の多い丘は,腐葉土の宝庫だ。この丘の反対側には露わな断層もあり,シモンは地学部の活動で何度もお世話になっている。
とはいえ,星影の落ちるこんな時間に足を踏み入れたのは初めてだ。学校の裏にある展望公園。しかも遊歩道でもない場所を,踏み分け踏み分け歩いている。目の前には今1人,シモンを寮から連れ出した張本人が,藪を軽く払いながら斜面をぐいぐいと登っていた。

 「アニキ」

 声をかければ振り向いて止まる,大きな背中。少し遅れているシモンを見て,カミナは片足を斜面に上げざま,一回り小さい後輩が追いつくのを待った。
 一生懸命踏み込みながら,パーカーを着込んだシモンはカミナの居る所へ急ぐ。それにしても,カミナは自分をどこへ連れて行こうというのだろう。寮から出て少し立つが,カミナはその質問にだけはいっこうに答えてくれない。ただ笑って,とにかく付いてこいという。特に否やもなかったし,カミナに呼ばれれば嬉しくないはずもなかったから,こうして来ているのだが,夜に出歩く罪悪感は拭えない。
スポンジのような地面に足を取られながらも,シモンが何とか自分の横に並ぶのを確認すると,カミナはまた歩を進める。

 「教えといたとこ,大丈夫だっただろ?」
 「大丈夫だったけど大変だったよ・・・」

 歩調を合わせつつカミナが言うのは,寮からの抜け道の事だった。以前から,カミナが門限よりかなり遅く帰ってくる時に使う扉のことは聞いていた。2階,中等部寮の方にある非常口は鍵が少し甘い。外側から強く引っ張ると鍵が滑って開いてしまうのだという。逆も可能で,力を込めて閉めると,反動で鍵が入ってしまうのだ。
 そこから出てこいと指示されたものの,こういうことに慣れていないシモンは冷や冷やしっぱなしだった。この瞬間誰が部屋から出てくるかもわからないし,見られたときに何と言い訳したら良いか,さっぱり思いつかなかった。その上,非常口からひとつ離れた部屋は,中等部の寮長室,ロシウの部屋で。最後に思い切りドアを閉める段になって,その音で気付かれるのではないかとシモンは肝が冷えた。飛び降りるようにして出てきてしまったから,実際気付かれたかどうかは神のみぞ知る。

 ばれたら・・・ロシウもキタンさんも,怒るだろうな・・・

 それを思うと,シモンはため息をついてしまう。寮則を破る恐ろしさもあるが,どちらかというと2人に対しては心配をかけてしまうことが気になっていた。

 「何をしけたツラしてんだ」

 顔色の冴えない弟分に気付いたカミナが,歩きながらいつものように小さな頭に手を置く。シモンの考えていることはだいたい想像がついた。自分と違い,根が真面目な性格だ。規則を破ったことなどないだろう。軽く頭をつかむようにして,元気づけにカミナは笑う。

 「心配すんな!お前は俺に呼ばれて来ただけなんだからよ。見つかったら正直にそう言や良い」

 そうすりゃ,固ぇロシウはちったぁうるさいかもしれねえが,キタンは何も言わないだろ,と言いかけると,思いがけずシモンは強く首を振った。

 「駄目だよそんなの・・・!怒られるならオレも怒られる。付いてきたのはオレなんだし,アニキだけ怒られるなんて駄目だ」

 そんなことして欲しくない,とシモンは真剣に訴える。こんな事で変に罪をかぶらないで欲しい。本当を言えば,カミナが怒られるのだって見たくはない。もし先ほど寮を出たのが誰かにばれていたとしたら,カミナが怒られるのも自分の責任だ。自分が下手を打った事で,カミナが責めを負うかと思うとシモンはいてもたってもいられなかった。
 歩みを止めてまで言いつのるシモンに,カミナはふっと笑いをこぼす。

 ・・・可愛いこと言ってくれるじゃねえか。

 カミナ自身は,キタンから怒鳴られようと,後で寮監代わりの教師に呼び出されようと何てことはない。右から左へ聞き流すなんてお手のもの,まあ中学生1人そそのかしているのだから,謹慎くらいは喰らうかもしれないが,そんな事は痛くも痒くもない。だから,今日の無断外出も全部自分が責任を持てばいい。そう,考えていた。
 アニキ,なんて自分を呼ばせる相手の言うことなど,調子よく乗っかってしまえば良いのだ。当人はアニキ風を吹かせて,弟分の役に立ったつもりになるのが気持ちいいのだから。そんな自覚をカミナはちゃんと持っている。そういう自分を上手く利用すれば良いのに,シモンはそうしないという。
あくまで真面目にカミナの身を案ずる,その真っ直ぐな瞳。微笑ましい,なんて言ったらこいつは怒るだろうか。
 くすぐったいような気持ちになって,カミナは手の中のシモンの頭をぐりぐりとかき回した。聞こえない程度の小声で,ありがとな,とつぶやく。
 シモンの耳には何かしら聞こえたのか,怪訝な顔で見上げようとした。が,照れ隠し,カミナはシモンの頭を無理矢理進行方向に向けて,先を歩くことを促した。
カミナが目指す場所はもうすぐそこだ。月影がまばらに落ちる雑木の中,かさこそと落ち葉が鳴る。どうしても,今夜,シモンを連れて行きたかった。
 行く手に大人の背丈程の大きな藪がある。カミナは行く手を阻むそれを慎重に手で避け,人の通る隙間を作った。そうして,先に行け,とシモンを急かす。そうしながら,カミナは何だか楽しそうで。悪戯でも企んでいるように目がきらきら光っているから,ほんの少しの不安と,それ以上の好奇心を持って,シモンは藪の中をくぐった。
 そこは。
 
 「あっ・・・・・・」

 一面の,銀の波がさあっと鳴る。シモンは一瞬我が目を疑った。柔らかい銀の反射が波を打って,緩い斜面を蠢いている。
 突然開けた視界に飛びこんできた,不規則にたゆたう波の原。我に返って見れば,さやさやと密かに揺れているその形は,ススキだ。夜の下,びっくりするほど白く光っているからまるで本物の気がしなかった。
 シモンは恐る恐る足を踏み出す。開ききったふわふわの穂が,胸のあたりに密集するのをかき分けながら進むと,まるで明るい海の中に歩みを進める気分になる。柔らかく手の甲に触る穂が気持ちいい。
 中央まで進み出て,シモンは感嘆の声もあげられないでいた。それでも少しゆっくりと観察すると,ここが斜面に広がる雑木林の一部を刈り取った場所だとわかった。ところどころに,切り株が残っている。恐らく,公園で何かを造成する予定だったのだろう。だがその計画が実行されぬままに時は過ぎ,ぽっかりと空き地になってしまったようだった。

 「すごい,」

 ススキが原の真ん中に立ちつくすシモンの傍らに,カミナはすぐ追いついてきた。小さな弟分はまじろぎもせず,自身の夜色の髪も風になぶらせたままでいる。ススキの波に見とれて二の句を継げないその顔に満足げに笑うと,でもそれだけじゃねえんだぜ,と声をかけた。

 「これだけじゃ,ない?」
 「おう,そうだ。シモン,上を向け!」

 カミナは台詞のように言い放つと,びしっと天を指さす。つられて見上げた夜空。その高く高くにあるのは,驚く程青白く光る,満月,だった。

 「うわ・・・あ・・!」
 
 澄み渡った夜空の頂点に,欠ける所のない全き真円の月。青白いその光は見たことがないくらい強く,星の光も呑み込んでしまっている。それはシモンも良く知っている月長石の青。靄のかかった光は,ゆらめいて見ている者を石の中へと誘う。それを何万倍にもした今夜の月の色は,シモンを捉えて離さない。仰向いた自分と,月だけがこの世界に存在しているかのような錯覚を起こさせる。

 「月が,こんな・・・こんなに見える場所があるなんて知らなかった・・・」

 ぼんやりとシモンは呟く。この丘には何度も来たことがあるはずなのに,こんな空き地の存在も知らなかった。首が痛くなる角度で見ているけれど,月から目を離せない。

 「お前,地面とか地層とか,下ばーっか見てるからな。たまには上も見てみりゃいいんだよ」

 小気味よくカミナは言って,ぽんぽんとシモンの肩を叩いた。

 「本当はお前,こういうのも好きなんだろ」

 シモンは,ゆっくりうん,うん,と頷く。地層や化石云々以前に,根っから理科少年だったから,純粋に天体や星も大好きだったのだ。図に当たった事が嬉しそうなカミナは,隣に立って一緒に月を見上げる。

 「帰ってくるときにあんまり月が光ってるから,ここで見せてやろうと思ったんだよ」

 この場所は,俺のとっておきなんだ。

 「ま,弁当の礼代わりだと思ってくれや」

 今日も美味かった。いつもありがとな。
 照れくさい,と言わんばかりに早口にカミナは付け加えた。ふいにこぼされた言葉に驚いたシモンは横を見る。月光の青白さに紛れて見えないが,カミナは少し顔が赤らんでいるようだ。
わしゃ,と水色の頭をかき回す様は,やっぱり照れている仕草で。シモンもつられて顔に血が上ってきて困ったから,同じように早口でうん,と返してまた月を見上げた。

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Comments
目に浮かぶようだ!
照れてるかミナとシモンがほほえましい!月見が丘はここだったんですね!!
また最初っから読み直してしまったんですが、シモンのお弁当が余りに美味しそうなんで食べたくなってしまいましたよ!(いえ、シモンじゃなくお弁当なんですけど…あれ?どっちも食べたい…(殴))
Posted by kappi- - 2008.01.26,Sat 16:17:11 / Edit
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