8.
「何だぁ?坊主」
3人の中でも仕切っていたらしき、壮年の男がこちらに近づいてくる。体格だけは見事なそいつが体を折り曲げ、酒臭い息がまともにかかるところまで、無精ひげの、てらてら光る顔が寄せられてきて。ぐい、とにらみ返した俺を見て。
盛大に、笑った。
「おお、怖えぇ怖えぇ」
顔を離し、大げさに両手を広げて上げてみせる。まわりの酔っぱらい仲間も、同じように笑う。馬鹿にした笑い。見下した笑い。もう忘れかけていたはずの、子供の頃。地下の村で浴びせられたのと同じ。
瞬間的に悟った。この人達に何を言っても届くはずのないこと。俺の顔もしらない人達に、リーダーだなんて言いつのったところで、何の役にたつだろう。
それは、わかりきっていたはずの事だったのに------俺は戦慄した。リーダーという肩書きを失った時、俺に何の力がある?この大人達を押さえつける腕力などない。言いくるめる知力もない。ただのヒヨッ子に過ぎない。
焦りながら、知らず知らずコアドリルを探り始める右手があって。自分の馬鹿さ加減に泣きたくなった。俺は、俺は、何をしようとしているんだ?螺旋王のようにこの人達を?普通の人間相手に?
そして思わずすがろうとしたこの小さなドリルだって、俺が偶然見つけたもの。俺の力じゃない。俺の力じゃない。
リーダーとして何をすべきかもわからないくせに、その肩書きに依らなければ俺は何もできやしないんだ。俺は、いったい・・・何なんだ?
それでも、それでも。何とかして、今目の前にいるこの人達を止めなくては。
混乱して、黙って立ちつくしている俺を、男達は取り囲むように立っている。
「おまえ、ここのキャンプのやつか?」
どこから聞いてやがった?ええ?
男の一人が俺の顎に手をかけて上を向かせた。舐めるような、その視線。
「へえ、ここいらのやつにしちゃあ、きれいな顔してるじゃねえか、兄ちゃん」
また、どっ、と笑い声。分厚い手が頬をなでた。感触を確かめるように。ぞっと総毛が立つ。穴蔵の中の自分がフラッシュバックする。薄暗い穴では顔なんか見えない。肌の感触を味わうのが楽しみだと、大人達は言った。
ああでも、その思い出が笑い声が、俺に何をすべきか教えてくれた。今俺が、守りたい者のために唯一できること。リーダーじゃない俺でも、自分が何者か分からない俺でも。俺という存在一つでできること。一番簡単な事。
手を添えて。俺の頬にかかっていた手に、柔らかく。権力も力もない、俺ができる精一杯。上目を使って、媚びを含めて。
俺を使って下さい、と--------
言った。
彼らの、目の色が変わるのが、わかった。
そこからは、話が早かった。
場所を提供するのも俺。時間を指定するのも俺。そのかわりどんな条件でも飲む、としおらしく。そんな態度が、思ったより彼らの嗜虐心を煽って、効果的だったらしい。
目隠しを指定したのも、俺、だった。万が一、彼らの前に公式に姿を見せることがあるかもしれなかったから。もちろん、彼らはむしろべつの意味で悦んだわけだけれども。それに、やっぱりこちらとしても好都合で-------だって、相手の顔を見なくてすむ。
明るい倉庫に、目隠しをした俺は人形のように転がって待つ。夜な夜な艦内を徘徊して見つけた、忘れられた倉庫。日中はもちろん、夜の夜中にここに来る人間はほぼ居ないことは確認済みだった。
一晩に一人から二人の取り決め。最初に声をかけた人達だけじゃない、べつの奴が来る日もあった。相手の名前も顔もわからない俺には、肌の感触や抱き方の違いで何となくそれを察するだけだ。別にかまわない。どっちにしろ、誰でもいいんだ。望んだのは、俺が守るべき人達の身代わりになること。それができるなら何でもいい。
人間の心の動きは不思議なもので、そのうち、この夜の「お勤め」がある種の安らぎをくれるようになった。夜の仕事が-------昼間のリーダーとしての焦燥を、空虚を。それを埋めるためのものに変わってきたんだ。何をされてもいい。どんなひどいことでも。昼間の自分を忘れさせてくれるなら。ぼろぼろになるまで、壊れるまで使われれば、疲労と痛みで真っ白になれる。少なくともそのひとときだけは。
名前も立場もない、何者でもない自分。そして何者でもない故に、ただこの体だけを通して、名も知らない誰かに一時の満足を与えてやれる。だんだんと、それが乾いた満足感を俺にくれるようになった。上に立って誰かに指示をしている、そんな時よりもずっと、ダイレクトに、相手の欲求に応えられている、そんな気がして。その一瞬が過ぎてしまえば、またむなしさが襲ってきて、それを埋めるために、さらにさらに、夜の奉仕を深めることになるのに。
そう、そんな日々を。俺はずっと過ごしていたんだ。
おかしいんだ、と言って、シモンは俯いたまま微かな笑い声をたてる。ずっと話している内に、何か糸が切れてしまったかのような、不安定な笑い。
俺を抱くあの人達は、そのうち、要らないって言ってるのに、食料やら布やら、俺に持ってくるようになってさ。見返りのない行為が怖いんだろう。それと憐憫の情。彼らだって普通の人達なんだよな、って思えて。ただ、持てあましている欲求を発散させたいだけなんだよね。なんだか可愛く見えてくるぐらい。
最近はもう、俺の仕事って昼間がメインなのか夜がメインなのか自分でも区別がつかなくなって。夜だけで良いんじゃないかって思うくらいで-------
「なあ、ロシウ」
失望したろう?
ずっと下を向いていた頭がふと起きあがり。ゆらり、と向けられた顔は自嘲を刻みつけられている。昨日の夜に見たのと同じ、薄く引きつれた口元。笑みであって笑みではないような。瞳はどこか遠くを見ている。
「今のグレン団を率いる資格なんて俺にはないんだ」
ずっと目的を見失っていたのに、リーダーの座についていて。みんなを騙していたようなものだ。ロシウに見られて思い知った。元の大グレン団のみんなに、バレさえしなければ、と思っていたこと。
もう、俺は、だめなんだ。
「ダヤッカか、他の誰かに権利を------」
譲りたい、と言いかけた、その時。
ぱしぃん!
と。
乾いた破裂音が薄暗い部屋の中に響いた。
よろ、と寝台に崩れかけて、かろうじて上半身を支える。頬を抑えたシモンが呆けた目で見上げれば。椅子の上、顔も体も微動だにしないまま。今空を切った腕だけ、微かに震わせているロシウの目、が。怒りとも悲しみともつかない色をしていた。
「ロシ、ウ」
「・・・僕は、暴力を振るうことは好みません。ですが、今のこの一度を、謝罪する気もありません」
震える手を下ろして。再びまっすぐに、ロシウはシモンを見つめた。
「あなたは、間違っています」
期間限定グレンラガンのカミシモ(シモン総受が信条)テキスト垂れ流しブログです。
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