1.
「これでOKかな」
寮から少し離れた、小さなスーパーマーケット。シモンは一人で買い出しに来ていた。
夏休みと違い、冬休みは調理係のお爺さんも寮にいない。朝昼晩の食事は買ってくるか自炊するしかないのだ。もっとも、本来なら火気を扱う調理場は休みの間は使えない事になっている。シモンだけが、特別許可で使わせてもらっている。(毎日きちんと調理場を使っているという信用と、ニアの暗躍とがそこに働いているのだが)
はあ、と痺れる手に息をふきかけて、地面に置いたビニール袋をもう一度持ち上げる。中に入った大量のスチロールパックたちが擦れて悲鳴を上げた。ビニールは、肉肉肉のパックではち切れそう。買い置きが昨日一度に無くなってしまったので、こんなに補充するハメになってしまった。
点々と葉牡丹の植え込みが続く街路を、ほてほてと歩く。北風は今日も冷たい。ダッフルコートのボタンを首筋まで留めたくなった。せめて、と毛足の長いマフラーに口までうまってみる。
昨日は結局。クリスマスイブだったわけなのだけれど。
カミナの予告では、19時には帰って来るという事だったから。それに合わせて、厨房をフル稼働して。ささやかだけれど、クリスマスらしい食卓を作ろうと、していたのだ。
メインはミートローフ。付け合わせにマッシュポテト。サラダと南瓜のスープ。甘いものはカミナが好まないので、ケーキは用意しなかった。飲み物はカミナ担当、ということで。
ミートローフはオーブンの中。スープは鍋の中。サラダは盛りつけ済み。時計を見ると18時半。それなら何かもう一品、と思っていたときだ。
廊下の方、ばたばたばたっと足音がして、振り返る。もう帰ってきたのだろうか、それにしても音がやかましいような。急いで布巾で手を拭いて、エプロンのまま調理場の敷居をまたぐ、と。
「メリィィィクリスマァァス!!」
「え?!わあっ!」
パパパパーン!!パン!パン!
たくさんの破裂音がいちどきに響き渡った。食堂を埋め尽くしそうな、色とりどりの紙テープと紙吹雪の嵐があたり一面に広がる。
「おー、鳩が豆鉄砲喰らったってぇ顔してんなあ」
「まあ文字通りだし」
まだ振りそそぐ紙吹雪の中で、呆然と立ちつくすシモンの前に、見慣れた顔が5つほど。ついこの間、寮の窓から手を振って見送ったと思ったのだけど。
一番前でニヤニヤしているのはゾーシィ。二丁拳銃のように両手でいくつもクラッカーを構えているのはキッド。大きな双子はバズーカ型のクラッカーを片手に大笑いしている。最もこの二人が持つと、バズーカもライフルぐらいにしか見えない。後方からアイラックが、何を思ったか薔薇を投げてよこした。ええと、とりあえずもらっておきます。
高等部の悪ガキ連中、と呼ばれるみんな。カミナが加わると、グレン団、という名前になるらしい。そろいもそろって、個性が服を着て歩いているような。
「うおおシモーン!良い匂いだ!」
「良い匂いだ!食わせろ!」
床が抜けそうな足踏みをそろえながら、ジョーガンバリンボーがシモンに詰め寄る。
「え、・・と、食べてくれても、良いんですけど・・」
まだ事態が良く飲み込めない。目の前の先輩達は、冬休み中は帰省すると聞いていた気がするのだが。
「何で俺たちがここに?って聞きたそうだな、シモン」
双子の影からゾーシィが顔をのぞかせる。くたびれた黒の革ジャンから、煙草の匂いが強烈に香った。反対側からはキッド。長いマフラーをぐるぐる巻いて、へへへ、と悪い笑い。
「教えてやろう、今日はな・・・」
嫌な予感がして、咄嗟に耳を塞いだ。途端。
すぱぱぱぱーーん!!
「祝!アイラック君ナンパ失敗500人達成―――!!」
また雪みたいに降り注ぐ紙吹雪。キッドがさらに隠し持っていたクラッカーを一斉に鳴らしたのだ。げらげらとゾーシィと双子が笑っている。当のアイラックは泰然自若というか、いつものように髪をかき上げる仕草でモデル立ちを決めている。
「だっからー、俺たち今日はこいつの残念会すんだよ!」
「みんなで騒ぐんだったら、寮が安いし広いからな!」
「お前らが居るってのキタンから聞いてたし!当然参加―!」
「酒なら俺達の部屋にいくらでもあるぞー!」
「あるぞー!」
「おう、俺のとっておきも出してやるぜぃ」
「俺、つまみ買い出し行ってくるわ」
口をはさむスキもない、マシンガントーク。テンションの高い先輩達は、シモンがおろおろしている間に、酒だ、つまみだ、と食堂を出て各々の部屋に散ってしまった。
後に残ったのは、大量の紙吹雪や紙テープと(これはいったい誰が掃除するんだろう)グレーのコートを着流した、アイラックのみ。ふう、とわざとらしく息をついて、彼は戸惑うシモンの方を向く。
「・・・あいつらの言ってるのは、間違いではないけどね」
「あ、えっと、500人って・・・その・・・」
「俺の名誉の為に言っておくと、今日は俺一人がふられたわけじゃない」
全員で行って、全員が玉砕してきたんだ。
事の起こりはキッドから。わざわざ帰省した友人達に連絡をとって、そろいもそろって女に縁がない自分たちには、敢えてクリスマスこそがチャンスなんだと力説したのだ。この、恋人達のイベントの日に、一人で居る女こそねらい目だ、と。そういうのを探して声をかければ、一発OKに違いない!
冷静になって聞けば、明らかにうまく行きそうもない説だった。(そしてある意味卑怯なやり方とも言える)だが彼らはとても暇だった。イヤになるぐらい暇だった。もちろん、その日に予定なんぞ入っていなかった。暇つぶしと、そして(やっぱり)ほんの少しの希望を持って、今日この聖なる日を勝負の日と定め、彼らは街へくりだして行った、のだ。が。
結果は予想通り、惨敗。
「俺は絶対うまくいかない、と忠告したんだが」
顎に手を当て、アイラックはやれやれ、という風情で首をふる。だけど一緒に行っていたのだから、自分も同じ穴のムジナなんじゃないかな・・・というツッコミを、シモンはとりあえず胸にしまっておくことにした。
惨敗したのは仕方ないとして、このまま帰るのも癪に障る。どこかで騒ぐにしても、暦通りクリスマスを祝うのも悔しい。まあ結局そういうわけで、夢やぶれたグレン団の面子は、ほかに行く当てもなくここに突撃してきた、ということらしい。
「悪かったね。夕飯作ってたんだろう」
そういえばエプロンをつけたままだった。何となしに恥ずかしくなって、シモンは顔を赤らめる。
「二人分食べ尽くしても何だから、あいつらにも外で食べるように何とか言って・・・」
「あ、でもいっぱいあるし!せっかくだから、みんなで食べましょう!」
せっかくノリにノっている(自棄になっているともいう)先輩達を、寒空の中追い返すのも忍びない。カミナと二人きりで食事ができないのは残念だけれど、元々余るほど料理は用意してあるのだ。みんなで楽しくクリスマスを過ごすのも悪くはないだろう、と思う。
それでもほんの少し漏れそうだったため息を何とか引っ込めて。とりあえず、ここ片づけちゃいますね、と散らばった色とりどりの紙きれを集め始める。
「シモン・・・」
かいがいしく働くシモンの頭に、ぽん、と何かが触れる。目を上げれば、アイラックがにこり、として手を乗せているのがわかった。細いけれど、意外に大きな手。
「本当に良い子だな、君は」
「え・・・あ、どうも」
面と向かって誉められて、撫でられて。これはなかなか恥ずかしい。でも一年以上同じ寮で過ごした先輩達は、なんだかみんな家族のようで、たくさんの兄のようで。カミナとはまた違う親しみがあるから、何とはなしに温かくなる。
嬉しくなってえへへ、と笑うと、アイラックのいつものキザ口上が始まった。
「ああ本当に残念だなあ。世の中は間違ってる」
「へ?」
「世のレディ達がみんな、君ぐらい素直で可愛かったら良かったのに」
おまけに料理上手ときている。申し分ないね。
どこから出したのか、また片手には薔薇の花。(ポケットが花屋とつながってるんじゃないだろうか)
「どうだろう。せっかくの夜だ」
薔薇は左手。右手は肩に。愛想の良い笑みを浮かべた顔が、近づく。近すぎやしませんか、先輩。
さらり、と長い髪が落ちてきて。
「騒がしい連中は放っておいて、二人でディナーなんてどうかな?」
囁かれた、その時。
「・・・てめえシモンになにしてやがる!!」
ばっきん!とドアの鳴る音がして(蝶番が馬鹿になったかと思った)、一陣の風のごとく走り込んできたのは・・・カミナ。あっという間もなく割ってはいると、シモンを横抱えにしてアイラックから遠ざけた。今にも唸り出しそうな表情。
「おや、おかえりカミナ」
「おかえり、っじゃねー!てめえ何でここに居る!」
「ご挨拶だな。休みに顔を見せに来るくらい良いじゃないか」
「ここは実家じゃねえだろ!」
「遊びにきたんだよ」
「一人で来るようなとこか!ここが!」
「残念、一人じゃない」
何ぃ!?と戸惑う声を出すのと同時に、どやどやと階上からにぎやかな足音が降りてくる。食堂のドアを開けてなだれ込んでくる、悪ガキグレン団の面々。
「お、カミナ帰ってきてんじゃん!」
「っってめえら全員何しに来たっ!」
「祝賀会~」
「アイラックの残念会~」
「何だよそりゃ!それはともかく何でここに来る!」
「金ねーもん」
「いいじゃねぇかぁ、おめーらだって予定なんかなかっただろ?」
「おうカミナ、酒ならあるぞ!」
「腐るほどあるぞ!」
「だから関係ねぇだろそれは!」
「まあまあまあまあ」
「まあまあ、っじゃねえぇぇぇ!!」
俺はシモンと飯を食う予定だったんだー!叫んで暴れるカミナを双子がガハハと笑って捕まえる。キッドが絡む。ゾーシィが酒を注ぎ出す。喧噪は大きくなるばかり。
地吹雪のように舞い上がるクラッカーの色紙の中、アイラックがこちらを向いてくすりと笑い。
「愛されてるね」
と言ったものだから、シモンは赤くなって俯くしかなかった。
結局それから。
多勢に無勢、カミナもすっかりグレン団のペースに巻き込まれて、半ばやけっぱちで酒盛りになった。
シモンはというと、食べ物の用意にかかりきりだ。何しろ大の男が6人------その内2人は常人の4倍は食べるジョーガン・バリンボーの双子だ------揃っている。
元々用意していた料理は瞬殺だった。(うまいうまいと絶賛されたのは嬉しかったけれど)育ち盛りの男どもは、さっそくホットプレートを引っ張り出し。聖なる夜は、あるだけの肉を焼きまくる、肉の宴と化したのだった。お世辞にもクリスマスの晩餐とは言えない。
・・・それでも、底抜けに楽しかった。
思い出すと笑みがこぼれる。
血で血を洗う肉の争奪戦から始まって。野菜嫌いのキッドにピーマンを食べさせる罰ゲームを企画したり。顔色一つ変えず飲んでいたアイラックが、突然笑い上戸になって、ゾーシィが試しに放った駄洒落にすら呼吸困難に陥ったり。双子は双子で「サラウンドシステム!」と叫んで、誰彼かまわず両側を挟んで歌い出す。それがひどい音痴なものだから、一同笑うやら耳をふさぐやら。
たのしくてたのしくて。
クリスマスイブだとか、もうどうでもよくて、本当にいっぱい笑った。
最後の最後はお約束のように飲み比べが始まった。シモン以外は全員参加。もういい加減回っているのに始めたものだから、決着がつくのもあっという間で。
キッド、ゾーシィ、カミナの順で、仲良く床につぶれたところで、勝負はお預け、お開きになった。
もちろん、ぐでんぐでんの先輩達は、家に帰れるわけもない。各自、今日は寮の自室に泊まることと相成ったのである。
食い倒れ飲み倒れた食堂の惨状、そのままにしておくのは忍びなかったけれど。さすがのシモンも、明日片づけようと心地よく疲れた身体で背を向けた。
期間限定グレンラガンのカミシモ(シモン総受が信条)テキスト垂れ流しブログです。
鉄は熱い内に打て!
Powered by "Samurai Factory"