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Posted by ふじみき - 2007.10.23,Tue


1.


 

 

「これでOKかな」

 

寮から少し離れた、小さなスーパーマーケット。シモンは一人で買い出しに来ていた。

夏休みと違い、冬休みは調理係のお爺さんも寮にいない。朝昼晩の食事は買ってくるか自炊するしかないのだ。もっとも、本来なら火気を扱う調理場は休みの間は使えない事になっている。シモンだけが、特別許可で使わせてもらっている。(毎日きちんと調理場を使っているという信用と、ニアの暗躍とがそこに働いているのだが)

はあ、と痺れる手に息をふきかけて、地面に置いたビニール袋をもう一度持ち上げる。中に入った大量のスチロールパックたちが擦れて悲鳴を上げた。ビニールは、肉肉肉のパックではち切れそう。買い置きが昨日一度に無くなってしまったので、こんなに補充するハメになってしまった。

点々と葉牡丹の植え込みが続く街路を、ほてほてと歩く。北風は今日も冷たい。ダッフルコートのボタンを首筋まで留めたくなった。せめて、と毛足の長いマフラーに口までうまってみる。


 

昨日は結局。クリスマスイブだったわけなのだけれど。

 

カミナの予告では、19時には帰って来るという事だったから。それに合わせて、厨房をフル稼働して。ささやかだけれど、クリスマスらしい食卓を作ろうと、していたのだ。

メインはミートローフ。付け合わせにマッシュポテト。サラダと南瓜のスープ。甘いものはカミナが好まないので、ケーキは用意しなかった。飲み物はカミナ担当、ということで。

ミートローフはオーブンの中。スープは鍋の中。サラダは盛りつけ済み。時計を見ると18時半。それなら何かもう一品、と思っていたときだ。

 

廊下の方、ばたばたばたっと足音がして、振り返る。もう帰ってきたのだろうか、それにしても音がやかましいような。急いで布巾で手を拭いて、エプロンのまま調理場の敷居をまたぐ、と。

 

「メリィィィクリスマァァス!!」

「え?!わあっ!」

 

パパパパーン!!パン!パン!

たくさんの破裂音がいちどきに響き渡った。食堂を埋め尽くしそうな、色とりどりの紙テープと紙吹雪の嵐があたり一面に広がる。

 

「おー、鳩が豆鉄砲喰らったってぇ顔してんなあ」

「まあ文字通りだし」

 

まだ振りそそぐ紙吹雪の中で、呆然と立ちつくすシモンの前に、見慣れた顔が5つほど。ついこの間、寮の窓から手を振って見送ったと思ったのだけど。

一番前でニヤニヤしているのはゾーシィ。二丁拳銃のように両手でいくつもクラッカーを構えているのはキッド。大きな双子はバズーカ型のクラッカーを片手に大笑いしている。最もこの二人が持つと、バズーカもライフルぐらいにしか見えない。後方からアイラックが、何を思ったか薔薇を投げてよこした。ええと、とりあえずもらっておきます。

高等部の悪ガキ連中、と呼ばれるみんな。カミナが加わると、グレン団、という名前になるらしい。そろいもそろって、個性が服を着て歩いているような。

 

「うおおシモーン!良い匂いだ!」

「良い匂いだ!食わせろ!」

 

床が抜けそうな足踏みをそろえながら、ジョーガンバリンボーがシモンに詰め寄る。

 

「え、・・と、食べてくれても、良いんですけど・・」

 

まだ事態が良く飲み込めない。目の前の先輩達は、冬休み中は帰省すると聞いていた気がするのだが。

 

「何で俺たちがここに?って聞きたそうだな、シモン」

 

双子の影からゾーシィが顔をのぞかせる。くたびれた黒の革ジャンから、煙草の匂いが強烈に香った。反対側からはキッド。長いマフラーをぐるぐる巻いて、へへへ、と悪い笑い。

 

「教えてやろう、今日はな・・・」

 

嫌な予感がして、咄嗟に耳を塞いだ。途端。

すぱぱぱぱーーん!!

 

「祝!アイラック君ナンパ失敗500人達成―――!!」

 

また雪みたいに降り注ぐ紙吹雪。キッドがさらに隠し持っていたクラッカーを一斉に鳴らしたのだ。げらげらとゾーシィと双子が笑っている。当のアイラックは泰然自若というか、いつものように髪をかき上げる仕草でモデル立ちを決めている。

 

「だっからー、俺たち今日はこいつの残念会すんだよ!」

「みんなで騒ぐんだったら、寮が安いし広いからな!」

「お前らが居るってのキタンから聞いてたし!当然参加―!」

「酒なら俺達の部屋にいくらでもあるぞー!」

「あるぞー!」

「おう、俺のとっておきも出してやるぜぃ」

「俺、つまみ買い出し行ってくるわ」

 

口をはさむスキもない、マシンガントーク。テンションの高い先輩達は、シモンがおろおろしている間に、酒だ、つまみだ、と食堂を出て各々の部屋に散ってしまった。

後に残ったのは、大量の紙吹雪や紙テープと(これはいったい誰が掃除するんだろう)グレーのコートを着流した、アイラックのみ。ふう、とわざとらしく息をついて、彼は戸惑うシモンの方を向く。

 

「・・・あいつらの言ってるのは、間違いではないけどね」

「あ、えっと、500人って・・・その・・・」

「俺の名誉の為に言っておくと、今日は俺一人がふられたわけじゃない」

 

全員で行って、全員が玉砕してきたんだ。

 

事の起こりはキッドから。わざわざ帰省した友人達に連絡をとって、そろいもそろって女に縁がない自分たちには、敢えてクリスマスこそがチャンスなんだと力説したのだ。この、恋人達のイベントの日に、一人で居る女こそねらい目だ、と。そういうのを探して声をかければ、一発OKに違いない!

冷静になって聞けば、明らかにうまく行きそうもない説だった。(そしてある意味卑怯なやり方とも言える)だが彼らはとても暇だった。イヤになるぐらい暇だった。もちろん、その日に予定なんぞ入っていなかった。暇つぶしと、そして(やっぱり)ほんの少しの希望を持って、今日この聖なる日を勝負の日と定め、彼らは街へくりだして行った、のだ。が。

結果は予想通り、惨敗。

 

「俺は絶対うまくいかない、と忠告したんだが」

 

顎に手を当て、アイラックはやれやれ、という風情で首をふる。だけど一緒に行っていたのだから、自分も同じ穴のムジナなんじゃないかな・・・というツッコミを、シモンはとりあえず胸にしまっておくことにした。

惨敗したのは仕方ないとして、このまま帰るのも癪に障る。どこかで騒ぐにしても、暦通りクリスマスを祝うのも悔しい。まあ結局そういうわけで、夢やぶれたグレン団の面子は、ほかに行く当てもなくここに突撃してきた、ということらしい。

 

「悪かったね。夕飯作ってたんだろう」

 

そういえばエプロンをつけたままだった。何となしに恥ずかしくなって、シモンは顔を赤らめる。

 

「二人分食べ尽くしても何だから、あいつらにも外で食べるように何とか言って・・・」

「あ、でもいっぱいあるし!せっかくだから、みんなで食べましょう!」

 

せっかくノリにノっている(自棄になっているともいう)先輩達を、寒空の中追い返すのも忍びない。カミナと二人きりで食事ができないのは残念だけれど、元々余るほど料理は用意してあるのだ。みんなで楽しくクリスマスを過ごすのも悪くはないだろう、と思う。

それでもほんの少し漏れそうだったため息を何とか引っ込めて。とりあえず、ここ片づけちゃいますね、と散らばった色とりどりの紙きれを集め始める。

 

「シモン・・・」

 

かいがいしく働くシモンの頭に、ぽん、と何かが触れる。目を上げれば、アイラックがにこり、として手を乗せているのがわかった。細いけれど、意外に大きな手。

 

「本当に良い子だな、君は」

「え・・・あ、どうも」

 

面と向かって誉められて、撫でられて。これはなかなか恥ずかしい。でも一年以上同じ寮で過ごした先輩達は、なんだかみんな家族のようで、たくさんの兄のようで。カミナとはまた違う親しみがあるから、何とはなしに温かくなる。

嬉しくなってえへへ、と笑うと、アイラックのいつものキザ口上が始まった。

 

「ああ本当に残念だなあ。世の中は間違ってる」

「へ?」

「世のレディ達がみんな、君ぐらい素直で可愛かったら良かったのに」

 

おまけに料理上手ときている。申し分ないね。

どこから出したのか、また片手には薔薇の花。(ポケットが花屋とつながってるんじゃないだろうか)

 

「どうだろう。せっかくの夜だ」

 

薔薇は左手。右手は肩に。愛想の良い笑みを浮かべた顔が、近づく。近すぎやしませんか、先輩。

さらり、と長い髪が落ちてきて。

 

「騒がしい連中は放っておいて、二人でディナーなんてどうかな?」

 

囁かれた、その時。

 

「・・・てめえシモンになにしてやがる!!」

 

ばっきん!とドアの鳴る音がして(蝶番が馬鹿になったかと思った)、一陣の風のごとく走り込んできたのは・・・カミナ。あっという間もなく割ってはいると、シモンを横抱えにしてアイラックから遠ざけた。今にも唸り出しそうな表情。

 

「おや、おかえりカミナ」

「おかえり、っじゃねー!てめえ何でここに居る!」

「ご挨拶だな。休みに顔を見せに来るくらい良いじゃないか」

「ここは実家じゃねえだろ!」

「遊びにきたんだよ」

「一人で来るようなとこか!ここが!」

「残念、一人じゃない」

 

何ぃ!?と戸惑う声を出すのと同時に、どやどやと階上からにぎやかな足音が降りてくる。食堂のドアを開けてなだれ込んでくる、悪ガキグレン団の面々。

 

「お、カミナ帰ってきてんじゃん!」

「っってめえら全員何しに来たっ!」

「祝賀会~」

「アイラックの残念会~」

「何だよそりゃ!それはともかく何でここに来る!」

「金ねーもん」

「いいじゃねぇかぁ、おめーらだって予定なんかなかっただろ?」

「おうカミナ、酒ならあるぞ!」

「腐るほどあるぞ!」

「だから関係ねぇだろそれは!」

「まあまあまあまあ」

「まあまあ、っじゃねえぇぇぇ!!」

 

俺はシモンと飯を食う予定だったんだー!叫んで暴れるカミナを双子がガハハと笑って捕まえる。キッドが絡む。ゾーシィが酒を注ぎ出す。喧噪は大きくなるばかり。

地吹雪のように舞い上がるクラッカーの色紙の中、アイラックがこちらを向いてくすりと笑い。

 

「愛されてるね」

 

と言ったものだから、シモンは赤くなって俯くしかなかった。

 

 

結局それから。

多勢に無勢、カミナもすっかりグレン団のペースに巻き込まれて、半ばやけっぱちで酒盛りになった。

シモンはというと、食べ物の用意にかかりきりだ。何しろ大の男が6人------その内2人は常人の4倍は食べるジョーガン・バリンボーの双子だ------揃っている。

元々用意していた料理は瞬殺だった。(うまいうまいと絶賛されたのは嬉しかったけれど)育ち盛りの男どもは、さっそくホットプレートを引っ張り出し。聖なる夜は、あるだけの肉を焼きまくる、肉の宴と化したのだった。お世辞にもクリスマスの晩餐とは言えない。

 

・・・それでも、底抜けに楽しかった。

 

思い出すと笑みがこぼれる。

血で血を洗う肉の争奪戦から始まって。野菜嫌いのキッドにピーマンを食べさせる罰ゲームを企画したり。顔色一つ変えず飲んでいたアイラックが、突然笑い上戸になって、ゾーシィが試しに放った駄洒落にすら呼吸困難に陥ったり。双子は双子で「サラウンドシステム!」と叫んで、誰彼かまわず両側を挟んで歌い出す。それがひどい音痴なものだから、一同笑うやら耳をふさぐやら。

たのしくてたのしくて。

クリスマスイブだとか、もうどうでもよくて、本当にいっぱい笑った。

最後の最後はお約束のように飲み比べが始まった。シモン以外は全員参加。もういい加減回っているのに始めたものだから、決着がつくのもあっという間で。

キッド、ゾーシィ、カミナの順で、仲良く床につぶれたところで、勝負はお預け、お開きになった。

もちろん、ぐでんぐでんの先輩達は、家に帰れるわけもない。各自、今日は寮の自室に泊まることと相成ったのである。

食い倒れ飲み倒れた食堂の惨状、そのままにしておくのは忍びなかったけれど。さすがのシモンも、明日片づけようと心地よく疲れた身体で背を向けた。

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