1.
外にたれ込める雲は白いけれど重い。
12月の学生寮は閑散として、自分が廊下を歩く音がやけに響く。
昨日から学園は冬期休暇。夏期休暇とちがい、殆どの学生が年末年始を挟むこともあって帰途につく。今朝方、ロシウやキタンたちを見送ったばかりだ。
シモンにとっては、この寮で二度目の冬。叔父の家に戻る気も起こらず、今年もここで年を過ごすことにしていた。同じように、帰るところの無いカミナと共に。
給湯室で温かい珈琲を淹れる。厚い雲で覆われた空からは鈍い光が拡散するばかりで、ひたひたと歩く廊下は寒い。手の中の熱さが消えてしまわないよう、大事に急いで進む。ドアノブの静電気にびくびくしながら、自室へ入る。まだ午後1時。
共用のちゃぶ台に珈琲をおいて一息。棚で区切られた部屋を見渡せば、どちらがシモン側でどちらがカミナ側かすぐわかる。大して物が置ける場所ではないのに、何かしら散らばっている机の上。乾燥機から取ってきたは良いが、ぐちゃっと積み上げてある洗濯物。必ずどこかはみ出る本棚。もちろん、そちらがカミナの占有地だ。
「アニキ、今日も脱ぎっぱなしで行っちゃって」
くす、と笑って、シモンはベッドに近づく。布団は起きた形を保って、ひしゃげたまま。その上に、スウェット上下が脱いだままに丸まって放ってある。今日は午前中からアルバイトと言っていた。別に特別朝早かった訳ではない。単に、そういうことを気にしないだけだ。
戸惑いもなく、慣れた手つきでそれを手に取ると、くるくるとひっくり返して畳んでいく。もう日常茶飯事の、一連の動作。
畳んだ服は脇に置き、いったん掛け布団を下に降ろして、シーツをぴっとはり直す。無意識にここまで行って、冬休み前にカミナがキタンに怒られていたのを思い出した。
「お前はなぁ!いくらやってくれるからって、シモンを世話女房にしてんじゃねぇよ!」
服や部屋の片づけを、シモンが大半やっていると知って、説教をしに来たのだ。一応、寮長として指導、ということらしかったのだが。仮にも年上として恥ずかしくねえのか、とさんざん息巻いていたけれど、当のカミナは、女房という単語に過剰反応して、結局いつもの喧嘩になった。そう言う自分も傍らでそれを聞いていて、かあっと顔が熱かったのを覚えている。馬鹿だなあ。キタンさんはそういう意味で言った訳じゃないのに。
単にしてあげたいから、している。こういう事を煩わしいと思った事はない。片手間ですぐできることなのだから。疲れて帰ってきたカミナが少しでもこの部屋で気持ちよく過ごせれば、と思うだけ、で。そして、そんな事を考えて手を動かしている時、自分は一番充実するのだと。
やっぱり、馬鹿だ。
ふわ、と掛け布団を振るって、静かにベッドにかけ直した。綿の布団がひるがえると、一瞬辺りを嗅ぎなれた匂いが漂う。
アニキの、におい。
人それぞれ、匂いがあるって不思議だ。同じ寮でも、部屋によって匂いが違う。キッドさんとアイラックさんの部屋は、男物のコロンやムースの匂いがする。鼻が曲がる、ってキッドさんは嫌がってたけど。ゾーシィさんの部屋は、湿った煙草の匂い。ジョーガンさんバリンボーさんの部屋は、何だか埃っぽい乾いた匂い。ロシウの部屋は、あまり匂いがない。微かに洗剤か石けんのような匂いがする。
この部屋にも匂いはあるんだろうか。自分では全然わからない。ただ、強く強く感じるのは、カミナの匂いだけで。
ベッドの脇に座り込んで、ぽて、と頭だけ布団に乗せた。ちゃぶ台に置き去りの珈琲が甘く香ってくる。それでも消されない、匂い。誰よりも近くに居なければ、嗅ぐことのできない類の。部屋のありとある所に、シモンはそれを嗅ぎとってしまう。この部屋のどこもかしこも、カミナと触れあった記憶でいっぱいだから。
「アニ、キ」
白い羊毛で覆われた空が、世界の音を吸い取っているみたいだ。窓の外はそれほど静まりかえっている。
ぼんやりと時計を眺める。時間は遅々として進まずに。普段は聞こえない秒針の音がやけに大きくなった。
カミナがアルバイトを終えて帰ってくるのは夜半になる。それでも帰ってくると決まっているから、時計なんか気にしないでいつも一日過ごせる。過ごせた。少し前までは。
・・・この冬休みが終わったら。
胸の中に生まれてくる小さな翳り。3学期が来て、駆け足で過ぎ去って。4月には、カミナは大学部に進む。自分は高等部に進む。敷地は近いけれども、大学寮はここにはない。
それは当然の事で。ずっと前からそんな事は知っていて。それなのに、どうして。
離れる、という事がこんなにも。
まだずっと先の話。でもいつかやってくること。
触れあったことは嘘じゃない。抱き合ったことも嘘じゃない。なのにどうして不安の雲が渦を巻く?
きゅう、と眉根を寄せて、シモンは顔をベッドに伏せる。
今だって、本当は、もっと知りたい。学校に居るカミナのこと。働いているカミナのこと。全部を知りたい。そんな欲求の強さに、自分で空恐ろしくなる。こんな自分を知ったら、カミナは何て思うだろう。
来年の4月がやってきて。カミナの帰ってこない部屋に居る自分を想像することができない。側にいるのが当然で。切り離せない生活の一部で。それだけじゃない。何年も先、本当に自分はカミナの隣に居られるのだろうか。
意地汚さに泣きたくなる。子供みたいに、一緒に居てもらうことを求めるなんて。どうしてこんなに不安になるんだろう。カミナを信じてるはずなのに。自分だけ取り残されるような、不安。
熱くなってくる瞼を押し当てて、カミナの匂いにすがる。進んでいく季節が恐いなんて、思いもしなかった。このまま、カミナが大学に行って、卒業して、社会人になって。その時、自分はいったいどこに居るのだろう。いつまでも、こんな幸せが続くはずない気がして。
ベッドに突っ伏して、思わず嗚咽をもらしそうになった、時。
ばたん!と乱暴にドアが開いた。
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