2.
はっ、と顔を上げると、そこに居たのは。
・・・・サンタだった。
上下は赤くもこもこした上着とズボン、袖口や襟には白い毛皮があしらってある。髭も眉毛も白いけど、帽子の隙間からのぞく前髪は空の切れ端の色で。
「メリィィークリスマス!」
「へ、あ、・・・あにき?」
「おう、バレちまったらしかたねえ。サンタクロースとは仮の姿!しかしてその実体は!」
「いや、だからアニキでしょ?」
ばばん!と髭と眉をむしり取って見栄を切るのに、思わずシモンは突っ込む。
「何だよ、ちったあ乗れって、クリスマスなんだからよ」
せっかくのポージングを邪魔されて、カミナはぶーたれる。その眉にも口の周りにも、まだ綿がうっすらと残っていて、間抜けな事この上ない。
たしかに、今日は23日なのだった。カミナは朝からサンタクロースの扮装をして、ケーキ屋の店頭に立ったり、チラシを配ったりすると言っていた。
似合っているような似合っていないような立ち姿に、シモンの顔も覚えずゆるむ。
「アニキ、だって今日は一日外じゃなかったの?」
「まあそうだったんだけどな」
昼休みあったから抜けてきた。こともなげにそう言って、シモンの傍らにすとんと腰を下ろす。抜けてきた、というけれど、アルバイト先から寮までは30分近くある距離だ。往復するだけで、貴重な休み時間を使ってしまうんじゃないだろうか。
「ひとりっきりで寂しがってんじゃねーかと思ってな」
今日からほとんど誰もいないからなあ。ししし、と人の悪い笑いをしながら、カミナはシモンの頭を撫でる。ぐしゃぐしゃと、いつもの乱暴な手つきで。赤い上着の袖口にあしらわれたムートンがくすぐったい。むくれてシモンは頭をぐい、と押し上げる。
「子供じゃないんだから、そんなことあーりーまーせーん」
「へえ、そうか」
じゃあ、何でそんな顔してんだよ。
にやり、と目の前の顔が笑って。かけられていた手が首の後ろにすべって、目元にやわらかく唇がふってきた。右、左、右。ちろり、と舌が頬をかすめて、思わずシモンは目を閉じる。
「しょっぺえぞ」
「それは・・・・・・!」
言い訳をしようと再び目を見開くと、ばちんとカミナと目があった。思ったよりも近くにあったその瞳は慈しむような光を湛えて、吸い込まれそうになる。二人だけの時にしか見せない優しい色の目は、それだけでシモンの身体を縛る。動けなくする。
「冗談だよ、怒んな」
もう一度。今度は唇が重なる。触れるだけ、何度か繰り返して。ほんのそれだけの事に呼吸が浅くなってしまう。
す、と離れると、三角の帽子をむしり取って、カミナはがしがしと頭を掻いた。あーちくしょう、柄でもねえ、とつぶやくのが聞こえる。
「ど・・・したの、アニキ」
「ん?・・・何でもねーよ」
何でもなくない気がするのだが。じいっと見つめると、明後日の方向を向いて、お、片づけてくれたのか、悪ぃな、などと言って、ベッドを叩いたりしている。それからわざとらしく時計を見て、おー!こんな時間じゃねえか、やべ!とむしり落とした白綿の髭と眉を拾い上げた。明らかに挙動不審。というかもう出てしまうなら、ほんとに何しに帰ってきたんだろう。
それでも、ほんの一瞬でも顔が見られたのが嬉しかったのは事実。日常茶飯事になっているキスなのに、それだけで心のどこかが満たされた気がして。とりあえず、これ以上は聞かずに、笑顔で送ることに決めた。わたわたと支度をしているカミナ。つっと立って、ドアまで一緒に行く。ほんの2,3歩だけれど。
「じゃ、いってらっしゃい」
いつもの朝と同じく、声をかけた、ら。ふいに長身な身体が覆い被さって、ぎゅう、と抱かれた。固い胸板に顔をおしつけられる。強く強く、また大好きな匂い。
「言いたかないけどな」
肩口に空色の髪が埋まる。くすぐったい、だけじゃない、質量を伴った温かさに包まれて、シモンはふわふわした気持ちになる。
「なんつーか、あれだ」
もごもごと口を動かす。滑舌が良すぎるくらいのカミナなのに。
いつもだったらおなじみの奴らがうるさいこの寮。自分が夜中まで帰らなくたって、気にもしていなかった。今までは。
それなのに、今日に限って気になった。サンタのバイトをするかたわら、見上げた雲はぼってりと落ちそうにふくらんでいて。湿っぽい寒空の下、一人で部屋に居るシモンが目の前に浮かんだ。
途端にいても立ってもいられなくなった。
「子供扱いしてる訳じゃねーんだ。ただ、何で俺は今お前のそばにいねえんだろう、って」
学校があるときなら、大体シモンが何をしているか想像がつく。なんやかやと寮のやつらはちょっかいかけてくるだろうし、部活なり遊ぶなりすることもあるだろう。なのに。一人でいるシモンが想像できなくて。
「・・・おかしいよな。お前だって当たり前ぇに独りで過ごすだろうに」
ちっと変になってんだ、俺ぁ。
首にふう、とため息がかかって、反射的に身がすくむ。それをどう解釈したか、抱きすくめるカミナの腕にいっそう力が入った。
「あー、くそっ!一人ん時のお前が何してるのかまで知りてぇ、会いてぇなんて、おかしいんだよ!」
戸惑いをしぼり出す声。何を言われたのか最初はわからなくて、数秒後にやっと、話の中身がシモンの頭に落ちてきた。首筋が、ぱっ、と熱くなる。
「そ、れで、わざわざ帰ってきた、の?」
「・・・そうだ!」
カミナは顔を上げない。首に触れている額は、自分と同じくらい熱い。
嬉しいような切ないようなその熱を。抱き込むように、シモンは大きな肩に腕を回した。
「・・・オレも、同じ。アニキが何してるのか、いつでも知りたいよ」
びくり、と肩の上の頭が震える。
寂しいのとはちょっと違うんだ。なんでかわからないけど、オレの知らないところで、アニキが何してるかとか。どんなこと考えてるのかな、なんて、すぐ考えて。さっきまでだって。
「一人でいても、誰かといても、どっかでアニキの事考えてる」
だから。きもち背伸びをして、肩口にあるカミナの耳に囁いた
・・・変、ていうなら、オレの方がずっと変だよ。
「おまえ・・・」
シモンのかすれた声が耳に入って。頬がゆるむのをカミナは必死で抑えようとした。
俺、だけじゃ、なかったのか。そんなこと考えてんのは。
自分ばかり、気持ちが突っ走っているのかと思っていた。年下の恋人。抑えていかなければ、この小さな可愛い弟分を、力づくで縛り付けてしまいそうで。
でも今の言葉は。同じ気持ちだったと、勘違いして良いのだろうか。都合良く考えて良いのだろうか。
抱きしめていた大きな手が肩を撫で、ゆっくりシモンの手をとる。視線がゆるりと絡み合って、そのまま、深くくちづけようと、顔を近づけた。唇が触れるまで自分の言った台詞で熱に浮かされたようになっていたシモンの目が、ふと、カミナの手首に釘付けになる。
「・・・アニキ」
「どうした?シモン」
「えーと、もうすぐ14時になっちゃうけど、大丈夫?」
見ていたのは腕時計。バイトは・・・・とつぶやかれて。
「・・・・・・!!やっべえ!」
拝み倒して手に入れた昼休みは1時間ちょっと。明らかに時間をオーバーしている。
飛び上がったカミナは、手にした髭と眉を慌てて貼り付けると、帽子をひっつかんだ。上がり框に放ってあるブーツに無理無理足をつっこんで、こけそうになりながらどうにかサンタの格好をつける。
「アニキ、帽子」
手渡された三角帽は乱暴に頭にひっかけて。ああもう何でこんな!と叫ぶ。がっつがっつと蹴り飛ばしながらブーツをはいた。着こなしぐだぐだ、出来損ないのサンタは振り向きざまにこういった。
「んなわけだからシモン!今日は夜まで帰らねえけど、一人で泣くんじゃねえぞ!あと、明日も昼はいねえが、夜は早く帰ってくるからな!」
手を振り回しながら、力説する。何が「そんなわけ」なのだかちっともわからなかったが、とりあえずシモンはうなずいた。カミナサンタはよし、と笑うと、あたふたと部屋を出て行った。あとには名残の綿がところどころと舞い散るばかり。雪みたいだな、と呑気に思う。
嵐のように、カミナは去ってしまって。立ちつくしてしまう。何だかいろいろ大事な事を言ったり言われたりした気がするのだけど。
思い出したように、珈琲の香りがシモンの鼻に届いた。ほったらかしのカップは、すっかり冷えてしまっているようだ。ぺたり、とちゃぶ台の側に座って、手に取る白いカップ。口に含めばぬるくて苦みが強いけれど、少し冷静になれる気がした。最後、捨てぜりふみたいにカミナが言った。明日は夜早く帰ってくるって。
明日って、24日。クリスマスイブだ。
もしかして、もしかして。本当にサンタになってくれるつもりかな。
想像したら、うわ、と一気に熱が上がった。24日、バイトとしてはかき入れ時なのに。早く上がってくれるという。行事とか、あんまり好きじゃないのかと思っていたけど。
もしかして、と思っていいのかな。
それならそれで、オレも何か用意しなくっちゃいけない。
慌ただしく考えを巡らせ始めて苦笑する。さっきまであんなに落ち込んでたのに。現金も良いところだ。でも。
嬉しかった。
部屋に入る光の色が変わった気がして、小さな窓の方を見る。綿で葺いたようだった空に、ほんの少しの切れ間。日が柱になって差し込んでくる。
ちょっとでもお日様が出ればいい。アニキが寒い思いをしないように。
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不安の雲を晴らすのは、いつもあなた。
期間限定グレンラガンのカミシモ(シモン総受が信条)テキスト垂れ流しブログです。
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