1.
これはまだ、9月のお話。
「あいつら、ぜってー怪しいと思う!」
いつもの3人、顔つきあわせた開口一番、キッドは声高に主張した。
昼下がり、5限目はただいま自習時間である。うららか、というには少々暑いが、着ているものさえ調節すれば過ごしやすい。
というわけで、それぞれ、腹から下のボタンしか留めていないゾーシィ、潔く(と言っていいのか)タンクトップのみのキッド、わずかに開襟シャツの第一ボタンだけを外したアイラック。各々が涼を取る対策を講じながら、与えられた時間をうだうだと過ごしていた、その最中。
「あいつらって誰だ」
「カミナとシモン」
「怪しいって何がだ?」
「そりゃあもう・・・」
右と左の人差し指を、×の形でちょんちょんちょん。
「・・・おまえ、何つーか表現がおっさんだ」
「うるせー」
「素直に口で言えばいいじゃないか、カミナとシモンはデキてるんじゃ」
「わー!わー!わー!」
泡を食ったキッドが、ガタガタと机を鳴らしながらアイラックの口をふさぐ。さっと振り向けば、3羽ガラス、クラス中の注視の的になっており。べり、と口から手の平をはがして、アイラックがにっこりみんなに手を振った。何人か女子が笑って振りかえし、再び教室の空気は穏やかになる。
まだ掴まれていた手を振り払って、小声でキッドは食ってかかる。
「みんなに聞こえるだろうが!」
「・・・今のお前の行動の方がよっぽどうるさかった」
「それよか、なーんで急に、んなこと言い出すんだよ?」
「だってあいつら同室だし、必要以上に仲良いし」
それをお前が言うか。机に寄りかかって立ったまま携帯をいじり始めたアイラック、の、背の辺りにぴたりと寄り添って------正確に言えばくっついて、のほうが正しい------机に肘をつくキッドを見て、心の中でつっこむ。お前らだって、同室で、必要以上に仲良いだろうに。
まあそれはともかく、今はカミナとシモンの話だ。目の前の机に足を投げ出してバランスを取りながら、ゾーシィはキッドをねめつける。
「・・・同室ってだけで『デキてる』ことになるなら、ここの学校の奴らみんなホモかレズだぞ?」
「それだけじゃねぇんだって!」
雀斑の辺りを紅潮させて、キッドの力説するところによれば。
曰く、体育倉庫から二人で出てくるのを見た、曰く、放課後の教室に二人っきりで居た、曰く、目に入ったゴミを取ろうとして顔くっつけあってた、曰く、音楽室のベートーベンの目が動いた・・・
「最後のは単なる学園七不思議だろ」
「はずみだよ!」
へーへーそうですか。歯の間のパイポを上下させながら、手を広げてみせる。
「突っ込むのも面倒なんだけどよぉ。俺ぁお前とアイラックが体育倉庫から出てくるのも、放課後の教室で二人で居るのも、目のゴミを取られてるのも、見たことあんぞ」
「だーーっ!俺らは陸上部だしクラス一緒だし委員会一緒だしおかしくねぇの!けど、あいつらは学年違うし、ってかそもそも校舎が違うだろ?」
目のゴミについては弁解なしか、とは言わないことにしておいて。まあ確かにキッドの言うことも一理ある、とは思う。
シモンが一年前に入寮してからこのかた、カミナは自分をアニキと呼ばせ続けて、シモンはシモンでそれに従い続けて。すっかりそれに慣れてしまっていたから、あの二人がセットで居たところで、何の疑問も持たなかった。しかし、同じ高等部の寮内に居るとはいえ、シモンは本来中等部生なのであって。学外はともかく、学内でまで二人が一緒に居るのは、不思議と言えば不思議だ。
しかし、元々友達づきあいの少ないカミナが(人好きのするやつだが、バイトを入れすぎだあの男は)、気に入った舎弟を連れ歩きたいだけなのかもしれないしなあ、と、どこまでもゾーシィは懐疑的である。
「それに、俺、見ちまったんだ・・・」
今まで普通に話していたのが、ふいに、机についていた肘に頭をつけて声を落とすので、思わず身を乗り出す。見ちまった?
傍らに立つアイラックの携帯いじりが止まるのがわかる。これは興味深い話題だ。見た、ということは、つまり、いわゆる、決定的瞬間ってやつをか?
ゆっくりと、顔を上げてキッドは語り出す。
つい一週間前の事。その日は部活もなく、珍しく早く寮に帰ったキッドは、買い物帰りのシモンに出くわしたのだという。シモンが自分自身やカミナのために毎日弁当を作っていることは周知の事実で、それ故良く外に買い出しに行っているのだということも、知っていた。
カミナは嫌がるが、自分たちも時々その相伴に預かることもあり。ぶっちゃけ酒のつまみを作ってもらうことだってあったのだ。
そんな気安さから、寮の廊下で軽く立ち話をしていて、ふと目に止まった。シモンの腕にかかっているやけに大きな買い物袋。見た目よりは軽そうな、その中身。気になって、ちょっと横目でのぞきこんだ。
・・・・・・そこには。
「何だ?ゴムでも入ってたのかぁ?」
ゾーシィが食いつく。あの奥手で全くスレていなそうなシモンが、そんなものを買っていたとしたら、それは確かに決定的だ。というか、相手が誰だろうと、ちょっとしたニュースだろう。携帯を手にしていたアイラックも、完全にこちらに耳を傾けている。
期待に目を見張る二人に対し、キッドは必要以上に声を潜めた。
「・・・ティッシュなんだよ」
は?
「六箱お買い得サイズのティッシュペーパーが、こう、二個包みぎっちりと・・・」
「アホかっお前はー!」
そんだけ溜め作ってそれかよ!てかそれのどこが『見ちまった』なんだよ・・!
がったんと椅子を鳴らしてゾーシィはあきれかえる。ちなみにアイラックは、半分腰掛けていた机から見事にずり落ちていた。
「ちがうって!話はそれで終わりじゃねぇの!」
キッドはじたばたと手を振り回す。
「それが一週間前でさ。昨日もシモンに会ったんだよ俺は!そしたら、またおんなじ量のティッシュ抱えて帰ってきてたんだよ!」
ふつーに考えておかしいだろ?一週間であの量のティッシュ使い切るなんて。
「男子寮でティッシュの使い道ったら・・・何だと思うよ?」
神妙な顔で、キッドが言うものだから。男三人顔付き合わせ、何となく口ごもる雰囲気になる。
「それは、まあ・・・」
「いろいろと、なあ・・・」
健全な男子なら思い当たってしまう事があるわけで。お年頃ならどうしたって必要なガス抜きってやつだ。
基本相部屋の寮では場所に困ることが多いが、それはそれ、男同士の了解をもって時間を決めたり、それとなく察した方が外に出てやったり、各部屋ごとに秩序は保たれている。何しろ生理現象だからいたしかたない。血気盛んな10代なら尚更。
「俺だって、ティッシュだけだったら、怪しいとか言わねーよ?・・・」
ただ。あの部屋はバイト三昧のカミナよりも、シモンが一人で居ることの方が圧倒的に多い。
だがしかし。シモン一人で、その、そーゆー目的でティッシュを使い切るだろうか。というか、そう考えることを脳がつい拒否してしまう。まあカミナなら、いろいろ無駄にありあまってそうだから不可能ではなさそうだが。
そう、そして、カミナが部屋に居る時は、必ずシモンも部屋に居るのであって。もちろん毎日確認しているわけではないので確言はできないが、経験上あの部屋を訪ねると、居るのはシモン一人か、カミナとシモンのセットしか見たことはなく。
・・・以上の事実関係から推測される事柄を述べよ。(30文字以内 配点 10)
「・・・いや・・・でもやっぱ、ねぇだろぉ、それは・・・」
つーか考えたくない、というのが本音だ。いや、好きだ嫌いだ、という程度の話ならまだ良いが、ティッシュとか・・・急に生々しい小道具が絡むと、どうもまずい。
「でも、どうしたって怪しいって考えちまうだろ・・・!」
「・・・ちょっと待った」
先ほどまで額に手をあてて考え込んでいたアイラックが口をはさむ。
「仮にキッドのいうとおり、あの二人が付き合ってるとかデキてるとかしてるとしよう。そうだとして、俺たちに何の関係がある?」
机に浅く座り直して、暴走気味の二人を一瞥、少し落ち着かせるべきだと思った。正直キッドの推測は半分ぐらい信じても良いと思ってはいたが・・・
「どんな関係にあるにせよ、お互い同意の上なら、何の問題もないだろう?」
「っ同意してるかどうか、わっかんねぇじゃん!」
反射的に返して、自ら発した台詞に驚く。そうだ、本当に同意かどうかわかったものじゃない。別にカミナがケダモノとは言わないが、押しに弱いシモンが心配だ。
「あいつまだ14だぞ。同意じゃなかったら問題じゃねぇか」
「カミナが無理矢理、かぁ・・・?」
受け口にパイポを噛みしめて、ゾーシィがいっそう深く椅子に沈み込んだ。誰が見ても分かるほど、カミナに心酔しているシモン。それを当然のごとく受け止めて、どうやら強引に引っ張り回している風も見えるカミナ。従順なシモンにつけこんで、無体を?
あり得そうで恐い。
そういえばだいぶ前に、カミナが、合体がどうの男の魂がどうの、と騒ぎながらさんざんシモンを追っかけ回しているのが目撃されてもいる。
えーと、つまりシモンがいわゆるネコで、カミナが上で?カミナはともかくシモンは想像できそうな・・・
三者三様、もやもやっと危険な想像が頭をかすめた。
はっとしてお互い顔を見合わせ、どうやら同じような事を考えていたらしいと、それぞれ把握する。おかげで妙な沈黙がおちてしまい。
「・・・っまあ、あれだ!もし部屋で何かあるんだったら、隣部屋のやつから噂が出そうなもんだ」
狭い寮内、スキャンダルの一つもあったら、一日で広まるようなところだ。火のないところに煙は立たぬというが、煙すらまともに立ってない状態なのだから、やはり杞憂に過ぎないのではないか。そう、ゾーシィは言いたかったのだが。
「それだ!」
キッドの雀頭が跳ね上がる。
「隣のやつに聞けば良いんだ!あったま良いじゃねーかゾーシィ!」
やっぱはっきりさせねーといけねーよ、シモンのためにも!
拳を固めて立ち上がるキッドに、いや、俺はそういうつもりで言ったんじゃ・・・とかけた声は聞こえないらしく。
ちょっと俺行ってくるな!と叫んで、小柄な身体は鉄砲玉のように教室を飛び出していってしまった。重ねて言うが今はまだ授業中なのに。
「・・・なあ、止めなくていいのかよ、相棒さん」
「止めて止まるものならとっくにやってるよ」
いきなり走り出ていったから、さすがにクラスメイト達も、ざわついてこちらを見ている。何人かはどうした?と声をかけてきたが、二人して曖昧に笑ってかわしながら、ため息をついた。
「あいつは、一回気になると確かめなきゃ気がすまないんだ」
今止めて、あとからくだくだ言われるのも面倒だ。
当分戻ってこなそうなキッドの椅子を引き出して、アイラックは腰を下ろす。
「ま、好きにさせるさ」
髪をさらりとかき上げて、また携帯を開いたアイラックを横目に。大丈夫かねぇ、とゾーシィはおっさんくさく天を仰いだ。
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