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Posted by ふじみき - 2007.11.06,Tue

 

 思い出しました。夜はこんなにも静かだったんですね。

 

 

 

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 『むかしむかし、おおむかしの神様たちは、一人の女の人間を作りました。神様はその女に綺麗な箱を一つ渡し、「決して中を覗いてはいけない」と忠告して地上へ降ろしました。

女は地上で楽しく暮らしていましたが、もらった箱が気になってしかたがありません。ある日、どうしても我慢ができなくなって、箱を開けてしまいました・・・』

 

 

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 スプリングの柔らかいベッドに顔を預けて、私はじっと待っている。背中に感じるのは、温かい腕。その腕が柔らかくシーツに落ちるまで、規則正しい寝息が聞こえるまで、静かに目を閉じて。

 カミナシティの夜はまだ明るくて騒がしいけれど、この部屋は静穏。一人分の息づかいだけが流れている。そっと身体を起こしてみて、それでもあなたが目を覚まさない事を確認して、私はほうっと息をつく。

 アニキさんの像が建ったころ、シモンが私にくれた家。花の蕾を象った、この家であなたと過ごす夜はもう何度めでしょう。あなたが私の好みを聞いて、指示してくれたのだと聞きました。大好きなお家。特にこの寝室の内装はきれいな薄桃色で統一されていて、ここで眠りにつくたびに、とても幸福な気分になったの。あなたと眠りにつくたびに。

 起きあがって、ベッドの上で膝をかるく抱える。私の腰のあたりに、投げ出されたあなたの頭が見える。少し固い前髪をそうっとずらして、額まであらわにする。うっすらと口を開いて、子供みたいに安らいだ表情。宇宙へ行く前と少しも変わらない。あなたの寝顔を見ている、それだけで幸せな時間のはずなのに、私の口からこぼれるのは別の言葉。

 

 ・・・ごめんなさい、シモン。

 

 私が眠りにつくまで、いつも見守っていてくれたシモン。それがどんなに幸福な事だったか、初めて本当にわかりました。今日もずっと、いいえ、以前にも増して長くじっと、私が寝付くのを待っていてくれた。眠りの国に旅立つまであなたが見ていてくれる事が、今までどんなに私を安らげてくれたか。何の不安も持たずに夜へ漕ぎ出すこと。小鳥が親の胸に寄り添うような温もりが当たり前に側にあったのに。

 でも、もう、私に眠りは訪れない。


 反螺旋因子が覚醒し、メッセンジャーへと変貌を遂げたとき、私は人間としての機能を失った。眠ることも食べることもいらない。24時間、やすむことなく螺旋の星を監視し、与えられていたプログラムによって螺旋族に
------人間に、絶対的絶望を与えるために動き続けた。

 あの時、わかったの。何があっても、もう元の自分に戻れないこと。

 そうして帰還してからの数夜。同じ寝台にいながら、私はシモンを欺き続ける。あなたが眠そうになる頃合いを見て、眠るふりをする。優しい視線を背に受けながら、時にすい、と髪を撫でる指に泣き出しそうになりながら。

 薄い掛布の上から、自分の膝を抱きしめた。骨の感触、肉の弾力、にんげんとかわりのない、体。

 ね、前と一つも変わらない身体なのに、時々自分の境界線がぶれるのがわかるの。何の前触れもなく、自分と空間との境がなくなりそうになるの。空気の分子がひとつひとつ見える気がして、自分も同じ小さな粒の塊だと思った瞬間、身体が溶けていきそうになる、でも。そのたびに、あなたの顔が言葉がフラッシュバックして、私を整えてくれる。形を留めてくれる。

 あとどれくらい、それが保つでしょうか。わからないけれど。


 聞き取れないつぶやきを漏らして、傍らのシモンの頭が軽く動く。何を言っているのかしら。もぐもぐと口を動かしているから、何かを食べているのかも。頬を膝に預けながら、それを見守っていると自然に笑みが浮かんでしまう。

 眠れない身体は、その代わり時間をくれた。少しでも長く、あなたの姿を見ていられるように。夜、たったひとり私だけのそばにいるシモンを、飽かず眺められる時間を。これ以上の幸福を、私は望みはしません。あなたを欺く罪悪感を除けば、この身体に感謝してしまうほど。一秒でも長く、近く、あなたを見ていたい、触れていたい。



 
 

 秒針の微かな音が、寝室に降り積もっていく。日用品に至るまでほぼ全てデジタル化しているカミナシティでは珍しく、ここにあるのは電気を使わない原始的な時計。ネジを巻くと、巻いた分だけ動いてくれる。シモンが中を見せてくれたけれど、つくりは私には良くわかりません。でも、電気の素もなく、こちらが少し手で動かしてやるだけでいつまでも働いてくれる、それは凄いこと。ずっとテッペリンに暮らしていて、電気のない生活なんて知らなかった私には、魔法の箱でした。

町では古い工芸品として扱っていたけれど、シモンにとっては宝箱だったみたい。買ってからしばらくは、それが時計だってこと忘れてしまったみたいに、あちこちいじって開けては歓声を上げていた。いつまでたっても時計として使わせてくれないから、ちょっとだけ、喧嘩になりましたね。

いまでは私にとって、夜の音は時計の音。眠れない私に心地良いリズムを送ってくれる。細かい砂が肌を滑るように、時を刻む針の音が私の身体に沿って落ちていく。

ぼんやりと、寝る前にシモンがしていた話を思い出す。

 

「・・・アニキがオレより小さくてさ、ちょっと悲しかったけど」

 

宇宙で見たという世界の話。

多元宇宙のことは、メッセンジャーとして覚醒したとき、少しだけ知識が入り込んでいた。認識したことそれぞれが一つの宇宙を生むという。無限の連鎖と枝分かれを繰り返す、終わりない迷宮。はてしない物語。

14の自分に戻って、アニキさんと暮らしていたというシモン。地下の村は飛び出したけれど、危ない橋ばかり渡って、苦しいことばかりで、人を騙すような悪いこともいっぱいした。

 

「でも、あれもアニキだった」

 

泥水を舐める生活、理不尽に殴られることもあった。でもアニキは、情けなくてもずるくても、元気いっぱいに生きていて、それについて回る自分は心底嬉しくて、幸せで。

でもそれは本当のアニキさんじゃないでしょう?と問いかけたら、シモンはにっこり笑って言った。

 

「いや、あの世界のオレにとって、あのアニキが本当だったんだ」

 

どれが本当のアニキ、なんてないんだ。どのアニキもアニキなんだよ。どんなアニキだって居た可能性があって、きっとあの世界のアニキは天寿を全うするアニキだったのかもしれない。オレは・・・オレは、あの世界のオレのまま、アニキに一生ついていってしまったかもしれない。

でも、オレにはオレの宇宙がちゃんとあった。

懐かしむ手つきで、シモンは胸にあるコアドリルを握りしめる。

 

「先にロージェノムがそれを教えてくれていた」

 

ニアが耐えている、オレを信じて待っている宇宙が、オレにとっての宇宙だと。

せっかくそう教えてくれたのにな。多元宇宙に迷い込んで、それを見失いそうになったんだ。それをもう一度引き戻してくれたのも、やっぱりアニキで。

 

「アニキはね、箱の上に居たんだよ」

 

オレがニアを見つけたのと同じ箱。結局オレはオレのドリルを取り戻して、その箱を開けたんだ。

箱の中には、みんなが、居た。オレを支えてくれた、助けてくれた、共に歩んだ、みんな。オレの背中を押してから、アニキもその中に入っていった。

シモンの目は遠くを見つめる。ほんの少し切なそうで、でも幸せを噛みしめている横顔。

それならきっとその箱は今、あなたの胸の中にあるのね。それがあなたの希望の箱なのね。

 

-------------------------------------------------------------------------------------------------

 

『女が好奇心から開けた箱から出てきたのは、地上にふりかかるありとあらゆる災厄でした。驚いた女は急いで蓋を閉めましたが、時すでに遅く、中身はほとんど出て行った後でした。女は嘆き悲しみましたが、もう取り返しはつきません。こうして、楽園のようだった地上は、生き物に試練を強いる辛く苦しい世界に変わってしまったのです。

箱の中は空っぽになってしまったのでしょうか。いいえ、ただひとつ、中に残った物がありました』

 

「箱の中にあったものは何?」

 

まだ頑是無い私に、物語を聞かせてくれる獣人が居ました。亀の獣人だという彼女は、おもしろいお話をいっぱい知っていて、私は会うたびにそれをよくねだったものでした。その時は気付かなかったけれど、彼女のお話は、私が生まれる何百年前、もしかしたら千年以上前の神話や伝承だったようです。

獣人にしては珍しく、とても柔和な顔、皺の多い目尻を細めて、彼女は続けてくれます。

 

「それは、『希望』、だったんですよ、姫様」

「きぼう?」

「・・・人間が持つくだらん感情だ」

 

吐き捨てる声が聞こえて、私は驚いて振り向きました。子供部屋の入口に、いつの間にか大きな影が立ちふさがっています。でもそれがお父様だと解ると、私は嬉しくなって走っていきました。

 

「お父様もこのお話を知っているの?」

 

たくさんのおもちゃをかき分けて、お父様の服のすそにつかまって見上げると、分厚い手の平が私の頭を撫でてくれます。そうして、大きな腕が私を抱き上げてくれました。お父様が私を抱いてくれる事は数えるほどしかなかったことなので、私は嬉しくて嬉しくてたまりません。お父様は、床にひれ伏して震えている(どうしてなんでしょう?)亀のお婆さんを見てにやりと笑いました。

 

「つづきは儂が話してやろう、ニア」

 

お父様がお話をしてくださるなんて!大人しく腕の中に座って、私はわくわくしながらお父様を見上げます。

 

「・・・そうだ、箱の中に残ったのは希望だ。そしてそれこそが神の皮肉なのだ。目に見えぬ希望とやらが残ったおかげで、人間は、打開索のない先の見えない状況に陥っても、醜くあがく羽目になった。

無駄だとわかっていることでも、生を引換えにしてまでやり遂げようとする。なぜか?そこに見えもしない希望があると信じて、だ。

箱は閉じている。箱の中に何が入っているかなど、本当は誰も知りはしない。それなのに、見えないというだけで、そこに希望があると信じてしまうのだ。無にむかってあがき、あがいて、死んでいく・・・愚かなことだ。まったく愚かで無駄なことなのだ」

 

話している間、お父様は一度もこちらを向いてくれませんでした。お父様のお顔は笑っていたけれど、目はじっと一点を見つめていて、少し恐いと私は思ったのです。お父様がしてくれたお話の続きは知らない言葉ばかりで、私の理解を超えていました。

 

「・・・ごめんなさい、お父様。言葉がむずかしくて、良くわかりませんでした」

 

私は泣きそうになりながら、正直にその事を伝えました。せっかくお父様がお話してくれたのに。その事がとても悲しかったのです。

 

「良いのだ。ニア、お前にはこの話は少し難しいのだよ。次はなにか絵のある本を持ってきてやろう」

 

今度は私の眼を見て、お父様はそう言ってくださいました。

それだけで私はすっかり機嫌が治って、「はい!」と大きく返事をしたのです。

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 今なら、お父様が話してくれた言葉がわかる。

 お父様、あなたはあの時、すでに千年の時を生きて、人間に絶望していたんですね。そして、自分と同じ人間たちを、繰り返し退けなければならない自分自身にも。

 もはや地上に希望はない、地下で暮らすことが最上なのだ、といくら伝えても、見えない地上に向かって突き進んで行く人間、螺旋族。全てを知っていたあなたにとって、それは愚かな行為でしかなかった。その衝動を理解していながらも。

 でも、今はもう、違いますよね。

 傍らで、無防備に肢体を投げ出している人。少し長すぎる紺青の髪に柔らかく指を絡める。

彼が、シモンが、教えてくれました。例え絶望的な状況にあっても、あがいてあがいて前に進めること。ドリルの一回転がわずかに前に進む。その力が、あがきが、積み重なれば絶望を突破し、世界を変え、宇宙すら変えられること。シモンのドリルは、希望の隠された箱を開けることができるのだと。

人間は、螺旋の民は、やはり愚かではないのです。

 

 

シモン。

あなたの話を聞いて嬉しかったことがあるの。

膝を崩しながら、私はあなたと同じ掛布の中に潜り込む。あなたの顔を目と鼻の先にして、向かい合うのも幸せ。細いように見えて、でも以前よりずっとたくましくなった顔の線。強い意志を奥に宿す瞼。ぽふ、と頭をベッドに落として見つめる。

私があなたと出会った日。あの雨の日に入れられていた、姫捨ての箱。あなたの宇宙にその箱が現れて、それを開けた途端、空が晴れ渡ったと言った。その中には大グレン団のみなさんが居て、最後にはアニキさんも居て、あなたの背中を押してくれたのだと。

ねえシモン。それを聞いて、泣きたいほど嬉しかったの。

私が入っていたあの箱が、あなたにとって希望の詰まった箱だったこと。自惚れでもかまわない。それは私という存在が、あなたの希望の一つだったことに繋がる気がして。それがとてもとても、嬉しかった。

黄金の髪と濃紺の髪が重なり合う。私はあなたにキスをする。

いずれ無くなる私という形。空気に散ってしまう分子。それでもあなたが認識してくれるなら、あなたの中できっと形を為すことができるから。どうか私を、しまっておいて。アニキさんやみなさんと一緒に。シモンの胸の中、希望の箱にしまっておいて。

そうしていつか、その時が来たら。あなたのドリルで箱を開けてくださいね。それまでずっと、私は待っていますから。

 

秒針は止まらずに、カミナシティの夜は更けて。夜明けまで、まだ十分に時間があります。あなたの胸で朝を迎えられるよう、私は寄り添っていましょう。シモンが私を起こしてくれる声を、聞きたいの。寝たふりでそれを聞くのは悪趣味かしら。でも。

今しばらく、許して。聞こえないはずのシモンの耳に囁いて、広い胸に、子供のように頭を寄せる。規則正しい鼓動と時計の音がハーモニーになって、いつまでも私を包み込んでいた。

 

 

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Comments
無題
切ないです・・・・・っ!!!

でうしてこんなすばらしい小説がかけるんですか!!??
Posted by イワ - 2007.11.06,Tue 21:07:55 / Edit
無題
すごい!すごすぎです!
一気に読んじゃいましたよう!
ニアが可愛い!、ロージェノムもステキすぎるう!(笑)こんな親子の様子を見たかったのよう!
Posted by kappi- - 2007.11.07,Wed 02:22:24 / Edit
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